mamёm | ナノ


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彼女の何がいいのか?
そう言われれば差し当たってこれが決め手というものはない。
ただ、好きなのだ。
彼女が自分の作ったカクテルを飲んでいる姿が。

毎日入れ替わるように来るお客さんを前に会話をし、酒を出す。
まさに一期一会。
そんな中で彼女が常連になって数か月。
初めは誰かの付き合いで来ていた彼女が決まって金曜日の夜に1人で来るようになって少しずつ会話をするようになった。
それでもまだ関係はお客と店員。

今日も彼女は少し身を乗り出して自分が作っている姿を見ている。
やりづらいなぁと思いながらも、気持ちを落ち着けて作業していく。
そして目の前にすっと差し出す。

「苺のシャーベットにスパークリングワインを入れてみたやつや。」

彼女は目の前のグラスをうっとりとするような瞳で見ながら恐る恐る口に運んでいく。いつもこの瞬間が好きだ。まるで自分が見られているような錯覚に陥る。少し潤んだ唇、赤くなった頬も愛おしい。彼女と付き合う男はこんな風に彼女の色んな顔を見られて贅沢だなぁとそんな風に思う。

…とは言っても彼女に関して知っている情報は少ない。
この近くに会社があって働いていること。
あまりお酒には強くないこと。
そして一番肝心なのは今、男がいるのかどうか?

聞いてしまえば簡単なのにいつもしている会話はどれも他愛のない会話ばかり。
彼女の返答も素っ気ないものが多い。
多分、自分には気がないのだろう。
それでも…。
いつも自分の中ではささやかな望みを掛けている。

彼女はいつもだいたい2杯飲んだら帰る。
なので、彼女が最後に頼む1杯には自分なりの想いを込めている。
勿論お酒に詳しい彼女が知っているかは分からない。
それでも、どこかで気づいてほしいと思う自分がいる。

「わぁ、めちゃくちゃ綺麗なんですけど。名前とかあるんですか?」

「ブルーラグーンや!」

また自分の好きな顔でカクテルを見つめる彼女。
今日も伝わることができない言葉がグラスに留まる。
伝えてしまえば簡単なのに、言葉にしてしまえばもう彼女をこのカウンターから見る事ができないのかもしれない。

ご馳走様でしたとお会計をしていく彼女の背を見ながら今日も伝わらなかったのだろうと思いながらグラスを片付ける。

言葉にしてしまえば早いけれど自分はバーテンダー。
できることなら想いはカクテルに。
そんな事を思いながら次の金曜日までこの気持ちはそっと仕舞いこむ。















この店は本当にいい店で男が1人で考え毎をするのに適した店だ。
適度な会話、そして抜群においしい酒が飲める。
ただひとつだけ気になっていることがある。
いつもの時間、いつもの場所から見る男女のやり取り。
この店の常連になってから週に一回見る風景。

(今日も何もできずに終わっちゃったなぁ。やっぱり真島さんには女の人いるんだろうなあ。)
(今日も何もできんかったのぅ、やっぱりなまえチャンには男がおるんやろな。)

そんな風にグラスを見つめる男女の青く綺麗な瞳。
そして今日も店長の想いは通じなかったようだ。
さて、次回はどうなるのだろうか?

(うん、今度は聞いてみよう。彼女がいるかどうか。)
(せやのぅ、今度はいっちょ、ロブロイにしてみよか。)

2人の想いが重なるのはそう遠くない未来。
なぜなら今度こっそりと彼女に教えてあげよう、カクテル言葉の秘密を。
お節介かと言われてしまうかもしれないが、見ていてもどかしくなるのが世の常。
そして、自分は思う。きっとこの2人ならとても素敵なカクテルを産みだせるのではないかと。

written by mame / site:Endrophin
title by mame


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