mamёm | ナノ


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「それじゃ、お疲れ様っす」
「じゃあ、また明日。……それじゃあ、真島さんもお疲れ様です」
「家まで送ったる」
「え?」
「もう22:00過ぎやで。物騒な道、女の子一人で帰せんやろ」
「す、すみません」

真島さんと二人並んで歩く。
貴重な二人きりの時間なのに、話している内容は今日のお肉美味しかったですねとか、インフルエンザが流行ってきたから移らないようにしなきゃとか。
そんなたわい無い話を続けていると、急に真島さんが足を止めた。

「ちと飲み過ぎてしもた。飲み物買うてくるからそこの公園で少し休まへん?」
「いいですよ」
「何がええ?」
「じゃあ、リンゴジュースを」

真島さんがいなくなったら……
こんな楽しい帰り道なんてもう二度とないだろうな。
きっとあの焼肉屋さんにも行くことはないだろうな。
そんなことをベンチに座ってボーっと考えていると、ひんやり冷たいものが手の中に。
驚いて隣を見ると真島さんがいつの間にかベンチに座っていた。

「声掛けても気づかんかったで。何考えとった?」
「……あっという間だったなと思って」
「何がや?」
「2年。真島さんが会社に来てから2年」
「せやな……、あっという間やな」

プシュ、と缶のタブを開ける音がやけに大きく聞こえた。
リンゴジュースを飲みながら、ごくりと真島さんの喉が動くのを見る。
やっぱり……カッコいい。

「レモンスカッシュなんて飲むんですね」
「脂っこいもの食うた後に飲むとスカッとすんねん」

私は真島さんのことを何も知らない。
2年という時間があったのに、私が知っていることといえばスポーツが好きなことと、お酒に詳しいことくらい。
仕事ができて、部下思いで、真っ直ぐで、カッコ良くて、優しくて――。

「なぁ」

涙が零れる直前に声を掛けられ、指の腹でその涙を払った。

「お前、仕事できるようになったなぁ」
「……それは」
「よう頑張ったな」

私だけに向けられた真島さんの笑顔、そしてポンポンと頭を撫でる大きな手。
真島さん……
仕事ができるようになったのは真島さんに教えてもらったから。
私が頑張れたのは真島さんがいたから。
仕事を一生懸命頑張っていたのは真島さんに喜んで欲しかったから。
私はね、真島さんのことが好きで好きで仕方がないんです。

「真島さんがいなくなったら私……」
「大丈夫や! お前ならやれる、俺が保証したる。せやから泣くなや」

長い指が私の頬を流れる涙を掬っていく。
ズルい。真島さんは、ズルい。
好きだって言いたいのに、ずっと言いたかったのに。
迷惑を掛けたくなくて、今まで我慢してたのに。
好きだって言われても困るなんて言われたら、本当にもうあなたに好きだって言えなくなっちゃったよ。
それなのにこんなに優しくされたら……この気持ち、どうしたらいいの?

「な、なんや? どないした?」

私は真島さんの正面に立って真剣な瞳で見つめた。
どうせ真島さんはいなくなるんだ。
このまま想いを伝えられないなら、いっそのこと……

ごめんなさい、真島さん。
私、もう待たない。

「っ!?」

温かくて、柔らかい。
レモンを唇に感じる。
真島さんはリンゴを感じているだろうか。
3秒だけのキス。

「なまえ、ちゃん……」
「さよなら、真島さん」
「なまえちゃん!」

まともに真島さんの顔も見ずにその場から逃げた。
走って走って、自宅に転がり込んでソファに突っ伏して一晩中泣いた。

次の日から私は会社を休んだ。
顔を合わせることなく、真島さんは会社を退職していった。





何も喉を通らずベッドの中で過ごしていた4日目の朝、スマホが震えた。

『生きとるか?』

真島さんからのLINEだった。
なんて返したらいいのか文字を打てずにいると、次のLINEで私はベッドから飛び起きた。

『とりあえず、ドア、開けてくれへん?』

どうして私の家を知ってるの?
髪はボサボサだし、顔は疲労困憊で最悪だし、パジャマはダサいし……
パニック状態だったが、ふと我に返る。

いいんだ、これで。
真島さんはいなくなっちゃうんだから。

礼儀をわきまえている真島さんだから、きっと最後のお別れに来たのだろう。
私の家も同僚から聞いたのかもしれない。
適当に手櫛で髪を整え、パーカーを羽織り、玄関のドアを開けると真島さんが立っていた。
初めて見る、私服の真島さん。

「ヒドい顔やな。飯食うとらんやろ」
「……食べる気しなくて」
「お前が休んどる間に俺は退職してもうた」
「す、すいません」
「せやから、俺はもう、お前の上司ちゃうで」

右手を引かれ、身体がぐらりと揺れた。
気づいた時には私の身体は真島さんの腕の中にあった。
あの香水の香りがすぐ傍にある。

「ど、して……、どうして」
「退職決めた日から、退職したらお前に告白しよう思とったんや」
「?!」
「せやのにお前……、あないなことしよって」
「どうして? どうして私なんですか?」
「髪はボサボサ、ドスッピンで顔色も悪い。……それもめっちゃ可愛いで、なまえちゃん」

この前のお返しや。
されるがまま、私は真島さんにキスされた。
涙が溢れ、唇を離した真島さんはあの時と同じように私の涙を掬った。

ようやく言える。
ずっと伝えたかった言葉。

「真島さん」
「なんや?」
「好きです」
「俺もやで」

これからも、真島さんを想って生きていける。
今までと違うのは、
真島さんと私は、彼氏と彼女の関係だということ。
真島さんにたくさん愛の言葉を伝えられるということ。


written by ёm
title by 夢見月


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