seasons | ナノ


▼ 一日遅れのハロウィン

私が勤めているカフェに彼がやってきたのがきっかけだった。

「ご注文はお決まりですか?」
「ホットコーヒー頼むわ」

真島組組長、真島吾朗さんと交わした最初の会話だった。
徐々に真島さんの店にやってくる回数が一日、二日と増えていき、お互いの名前を知り、何気ない会話を交わせるようになった頃。

”今度は店の外で話そうや"

コースターに書き残されたメッセージと電話番号。
真島さんがヤクザであることは出会った時からわかっていた。
それでも電話をかけたのは、ただ単純に真島さんの人柄に惹かれたからだ。
何度かデートを重ねて、今日、ハロウィンを迎えた。
一緒に過ごす約束をしたが、私はいつも通り仕事。
外で食事をするのは混んでいて落ち着かないだろうから、私の家でゾンビ映画でも見ながらゆっくり過ごそうという話になり、職場の近くである劇場前広場で待ち合わせをした。

私は、浮かれていた。
こんな大きなイベントの日を私と過ごしてくれるということに舞い上がっていた。

仕事を終え、急いで待ち合わせ場所に向かう。
仮装した人たちで溢れ返る広場を進んで行くと、ゾンビの仮装をした真島さんを見つけた。
わざわざ仮装して来てくれるなんて。

「真島さ──」

出掛かった名前が喉の奥に引っかかった。

「吾朗ちゃん〜、本格的だね!」
「ホント! 真島さん凄い〜!」
「トリックオアトリート! どや、お菓子くれんとイタズラしたるでぇ」
「キャーッ♪ どんなイタズラされちゃうのかなぁ〜」
「イヒヒッ、どないしよっかなぁ」

見てはいけないものを、見てしまった。
綺麗な女性に囲まれた真島さんの表情は、今まで見たことのない表情で。
しかも女性たちが着ているコスプレ衣装はドン・キホーテで『ハロウィンコスプレ人気No.1』と書かれていた婦人警官の衣装。
似合わないけど喜んでくれるかも、と思って勇気を出して買った私のと同じ……。
真島さんはまだ女性たちと楽しそうに話している。
カッコ良くて話も面白い真島さんが女性にモテないはずがない。
たくさん女性の知り合いもいるだろうし、私は少し優しくされただけで勝手に彼女面してしまっていた。

無意識に一歩、一歩と後退りする。
色を無くした目に楽しそうな彼の表情を映しながら。

「ん?」
「っ」

真島さんがこちらを向いた。
私は背を向け、雑踏にまぎれて身を隠しながら逃げるように家に帰る。
目は合っていない。きっと私になんか気づかないだろう。
私がいなくても、彼女たちがいる。
今日、真島さんは楽しくハロウィンを過ごせるから大丈夫。





家中にハロウィンの飾り物がある。
棚に置いたカボチャとゴーストの置物を倒し、”HAPPY HALLOWEEN" と書かれたフラッグガーランドも黒猫や魔女のオーナメントも毟り取って屑籠へ。
鍋の中のカボチャスープを捨て、冷蔵庫のサラダも、あとは焼くだけだったグラタンも、デザートも、ワインも……全部流し台に投げ捨てて、クローゼットに仕舞っていた婦人警官の衣装もハサミで刻む。
部屋に響く皿の割れる音、ジャキジャキと布を裂く音、私の嗚咽、そして鳴りやまない携帯。
真っ暗な部屋に座り込み、散らかった部屋を見渡すと、早起きして胸を躍らせながら飾り付けや料理をしていた自分の残像が見える。

「私が、悪い」

勝手に舞い上がってしまった私が悪い。
そう思い込みたいのに、できない。
別に特別な仮装も、ご馳走も、何もいらなかった。
一緒に真島さんと過ごせれば、それだけで良かったのに。

「もう、いいから……」

今もなお鳴り続ける携帯。
その音に胸が潰されそうになり、服を着たまま風呂場に行き、床にへたり込んでシャワーの蛇口を勢いよく捻った。
冷水を頭からかぶり、冷えていく身体を震わせながら膝を抱える。

「楽しみに、してたの……真島さん」

わぁー、とようやく大声を上げて私は泣いた。
頭に描いていた楽しい時間がガラガラと崩れて、見たくもないものを見てしまったショックにしばらくシャワーに打たれていた。

どれくらいそうしていたのか、少し冷静になったのと一気に身体が怠くなったのとで風呂場から出た。
濡れた身体を拭くことなく、そのままリビングに行くと携帯の音は止んでいて、履歴を見れば全部真島さんからの着信だった。
私が現れないことに心配したのかもしれないし、激怒したのかもしれない。
どちらにしろ、もう終わったんだ。
かけ直す気はなかったが、届いているメールには目を通そうと思い、直近に届いているメールを開いた。

『頼む。ドア、開けて欲しい』

玄関のドアを開けてくれ、という意味なのはすぐにわかった。
真島さんに私の家の場所は教えていないのに……。そう思ったがヤクザなのだから家くらい簡単に調べられるのだろう。
メールが届いてから一時間経過している。
まだいるだろうか?
玄関に向かい、震える手でドアを開けるとそこに誰もいなかった。
……やっぱり帰ったんだ。
そう思った瞬間、横から伸びてきた長い足が閉じかけたドアの隙間に挟まれ、「よう」と低い声と共に真島さんが中に身体を滑り込ませてきた。

「お前、なんですぐ電話に……、っ?!」

暗闇の中、グッと掴まれた腕。
それが余程冷たかったのか、最初こそ怒りを露にしていた声に不安と焦りの色が混じる。
手探りで点けられた明かりに目が眩み、強く瞼を閉じるとそのまま腕を引かれて身体を強く抱き締められた。

「何しとんねんなまえちゃん! ずぶ濡れで、震えとるやんか!」

何も答えられずにいると、真島さんに横抱きにされてリビングのソファへと下ろされた。

「…………」

荒れた部屋を見て真島さんは絶句していた。
それでも風呂場からバスタオルを持ってきて、私の濡れた身体を拭きながら「なぜ逃げた?」と問い詰める。
やはりあの場から去ったところを見られていたらしい。

「……怖かった」
「?」
「私、なんかより、素敵で……お似合いで、楽し、そうで……、ダメです、わた、し」
「なまえちゃん……」
「私の、独りよがりで……。真島さんは今日、私じゃな、く……、真島さんと、相応しい人と、過ごさなきゃ、いけなかったのに……」
「なまえちゃん!」
「ごめんなさい! ……ごめ、んな、さ……」

何に謝っているのか自分でもわからなかった。
ハロウィンを台無しにしてしまったこと? こうして迷惑をかけていること? 真島さんを好きになってしまったこと?
きっと、全部だ。

「シノギでやっとるキャバクラのキャバ嬢たちや……。なんの関係もあらへん」
「…………」
「なまえちゃんと待ち合わせしとったのに調子乗った俺が悪い。もう、他の女とは絶対絡んだりせえへん」
「私……、知らなか、た……」
「なんや?」
「こんな、に……、真島さんを、好き、だった……なんて、知らなくて……。ごめん、なさい、ごめんなさ──」
「もう謝らんでええから! 俺が悪かった……ホンマに、すまん」

真島さんに謝らせてしまった。
そのことにまた謝ろうとしたが、涙と震えで声が掠れてもう出ない。

「あかんな、身体冷え切ってまう」

ベッドに運ばれ、朦朧としてきた意識の中で服を脱がされていることだけはわかる。

「まじ、ま、さん」
「抱き締めるだけや。なまえちゃんの身体、俺が温めたるから」

ジャケットを脱いだ真島さんが私の身体を抱いてベッドの中へと潜る。
頭を撫で、背中を擦り、触れた肌がとても熱い。

「勝手にこないなことしてすまん。せやけど……、こうでもせえへんと気持ちが収まらんのや」
「…………」
「好きやで、なまえ。俺に相応しい女はお前だけや」

意識を手放す直前にそう聞こえた。





目を覚ますと寝室はすでにカーテンから漏れる陽の光で明るくなっていた。
寒さに震えていた身体は少し怠いが発熱はしていないようで、恥ずかしいけれどこれも真島さんが抱き締めてくれていたからだろう。
しかし当の本人は姿を消していた。

「……真島さん」

あんな醜態を晒して嫌われないはずがない。きっと帰ってしまったのだろう。
溜め息をついて大きめのシャツを羽織り寝室を出た。

「起きたかなまえちゃん! 身体大丈夫か? 風邪引いとらんか?」
「っ?!」

毟り取って屑籠へ放ったはずのフラッグガーランドや黒猫と魔女のオーナメントが壁に飾られている。
カボチャのスープ、サラダ、グラタン、デザート、ワインがテーブルの上に並んでいて、カボチャとゴーストの置物がその中央で笑っている。

「ま、真島さん……、これ……」
「なまえちゃんがせっかく用意してくれとったのに台無しにしてしもたからのう。それに、これも着てもらわんと」

イヒヒッ、とあの楽しそうな表情で真島さんが手にしたのは切り刻んだはずの婦人警官の衣装。
私が寝ている間に、飾りも料理も衣装もすべて元通りにしてくれていた。

「ハロウィンパーティー……、仕切り直してもええか?」
「もちろんです」

私は大きく頷いて、泣きながら真島さんの胸の中へと飛び込んだ。


◆拍手する◆


[ ←back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -