seasons | ナノ


▼ 欲しいのは。

「どうぞ」
「ほな、邪魔するでぇ」

ホワイトデーの今日、真島建設の仕事が忙しい中で真島さんが一緒に過ごす時間を作って私の家に来てくれたのだが、両手にはスーパーで買ったと思われる大量の食材が入った袋がぶら下がっている。

「どうしたんですか? こんなにたくさん」
「バレンタインの時、なまえが美味いチョコ作ってくれたやろ? せやから今日は "シェフ真島” がなまえのために料理の腕を振るったろっちゅうわけや!」

狭いカウンターに野菜やら魚やらが次々と並べられている。
手伝おうとすると、ここから立ち入り禁止や、とキッチンに入るのを拒まれてしまった。

「ダメなんですか?」
「前、入ったらダメ言うとったろ」
「あれは遥ちゃんがいたからです」
「何ができるかはお楽しみや。あ、そうや、エプロン貸してくれんか?」

いつものジャケットを脱ぎ、手をクイクイと動かしてエプロンを催促している。
……裸エプロンをするつもりか?

「素肌にエプロンは、ちょっと……」
「ヒヒヒッ、興奮したんか?」
「違います! ヤケドしたら大変ですから!」

いつ真島さんが来てもいいように用意している黒のカットソーとエプロンを持ってきて手渡すと、嬉しそうにそれを身に着けてキッチンに立つ。

「エプロン、絶対小さいですよね?」
「ええんや。これ、なまえが身に着けとるやつやろ〜?」
「……ヤラしいこと想像しないでください」
「俺は別にそないなこと想像しとらんで。なまえは想像したんかぁ?」
「ほ、ほら早く作らないと鮮度が落ちちゃいますよ!」

私をからかってしてやったりの表情を浮かべながら、真島さんは料理を始める。
リビングのソファに座って作っている様子を眺めるが、もちろん何を作っているのか手元は見えない。
ただ、さっきのふざけた表情から一変して、真面目に、しかもなんだか楽しそうに料理を作っている真島さんの表情はしっかり見えて口元が緩む。
トントン、とリズムよく刻む包丁の音。
グツグツ、とお湯が沸く音。
普段聞き慣れている音も、真島さんに作ってもらっていると思うととても心地いい。

「なんや、ニヤニヤして」
「いつも私の料理を待ってる真島さんの気持ちって、こんな感じなのかなと思って」
「どんな気持ちや?」
「嬉しくてワクワク。それに、すごく幸せ」
「フッ、そないに見られたら気ぃ散るわ」

そう言いつつ手際よく料理を進めている真島さんに、器用な人は料理も上手なんだなと見惚れてしまい、料理が出来上がるまでずっと真島さんを見ていた。


***


「こ、これ、本当に真島さんが作ったんですよね?」
「ずっと俺が作っとるとこ見とったやないか!」

部屋に食欲をそそるいい香りが広がり、それだけで間違いなく美味しいだろうなと想像できたのだが、実際に料理がテーブルに並ぶと本当にお店に来たような錯覚に陥るほどの出来栄え。
イタリアンサラダに鯛のカルパッチョ、そしてエビと白トリュフのパスタ。

「シェフ真島のスペシャルイタリアンや! ソースもドレッシングも全部手作りやで」
「食べちゃうの勿体ないですね」
「なんでや〜! ホレ、早よ食わんかい」

真島さんに急かされ、イタリアンサラダを一口。

「……どや? 美味いか?」
「うん、すごく美味しい! このドレッシング、ちょうどいい酸味ですね!」
「そか! マズい言われたら立ち直れんかったわぁ。カルパッチョとパスタも食べ」
「真島さんも食べてください。たくさん作って疲れたでしょう?」
「ゴロちゃんならこの程度の料理、ちょちょいのちょいやで!」

ちょちょいのちょい、なんて言っているけど、この人のことだからきっと見えないところで努力してくれていたに違いない。
一緒に料理と会話を楽しみながら、心を込めて真島さんにありがとうと伝えた。
本当に美味しくて、料理はあっという間に無くなってしまい、食後のコーヒーを入れて真島さんに手渡す。

「どうぞ。料理、本当に美味しかったです」
「そか、それは良かった」
「あのレシピ、どうやって覚えたん――」
「なまえ」

言葉を遮って名前を呼んだ真島さんの声は真剣なトーンで、コーヒーカップを置いた真島さんと見つめ合い、不思議な沈黙が二人の間に流れた。

「な、何かありましたか?」
「ホワイトデーの本当のプレゼントはこれやないねん」
「?」
「……一緒に、暮らさんか?」

言い終わると同時に真島さんが私を抱き寄せた。
真島さんの腕の中でドキ、ドキ、と高鳴る心臓の音が聞こえる。
それは私のものであり、真島さんのものであった。
お互いの心臓が共鳴し合うようにどんどん熱く速く鼓動していくのがわかり、全身が紅潮していった。

「なまえが嫌やなかったら……どや? ここでもええし、狭いっちゅうことやったら俺が新しい部屋用意したる」
「で、でも」
「嫌か?」
「違うの。……本当にいいの?」

顔を上げて真島さんを見る。
すると、そこには嶋野の狂犬なんて呼ばれる人の姿は無く、一人の男性として真島さんが優しい眼差しを私に向けていた。

「何言うとるんや、当り前やろ。もうなまえがおらんとあかんのや、俺。せやから――」

真島さんはソファの背に掛けていたジャケットを手繰り寄せ、ポケットから小さな箱を取り出した。

「今はこっちの指につけさせてや」

箱から取り出された指輪は私の右手の薬指にするりとはめられた。
指輪には綺麗な宝石が二つ付いていて、指を動かすたびにキラキラと輝いた。

「俺となまえの誕生石が付いとる。東城会の諸々が落ち着いたら……、今度は反対の指に指輪つけさせてな」
「それって……」
「そん時は、籍入れようや」

その日がいつくるのかはわからない。
でも真島さんがそう思ってくれていることが嬉しくて涙が溢れた。

「最高のホワイトデーです」
「これからもよろしく頼むで、なまえ」

私は大きく頷いて、真島さんとの未来を誓うキスをした。


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