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▼ バレンタイン・イブ

材料はすべて揃えた。
あとは訪ねてくる女の子を待つだけ。

ピンポーン――

しばらくしてインターホンが鳴り、玄関のドアを開けてあげると待っていた女の子が一人。
……そしてなぜか来る予定の無かった男が二人。

「ごめんなさい、お姉ちゃん」
「す、すまん」
「ゴロちゃんに内緒でチョコ作るやなんてズルいでなまえ〜」

私はわざとらしい大きな溜め息をついて、どうぞと三人を中へ招き入れた。
今日は遥ちゃんとバレンタインのチョコレートを作る約束をしていた。
遥ちゃんがサプライズで手作りチョコレートを渡したい、と。
桐生さんにバレないようコッソリ家を出たらしいのだが、運の悪いことに私の家へ向かってる最中に桐生さんに見つかってしまったらしい。
しつこくどこに行くのかと聞かれ……この結果。
一方の真島さんはというと、お昼ご飯を一緒に食べようとこれまた私の家に向かってる途中でこの二人に遭遇してしまったのだ。
全員私の家に向かっているのだからいつかは出会うのだけれど、とりあえず桐生さんと真島さんが私の家の中で鉢合わせにならなかったのは不幸中の幸いか。

「じゃあ、男性陣はあちらの部屋に!」
「ここにいたら邪魔なのか?」
「遥ちゃんが緊張します」
「俺だけならええやろ? なまえがチョコ作るとこ見たい!」
「あ、甘えた声出してもダメです! それに一人暮らしのキッチンですから三人入ったらギュウギュウです!」
「冷たいのぅ〜。行こや桐生チャン。俺はチョコできるまでなまえのベッドで寝かせてもらうわ! あ、桐生ちゃんはあかんで!」

バタン、と寝室のドアが閉められたのを確認して早速チョコレート作りを始める。


***


なまえと遥がチョコレートを刻み始めた頃、バレないようにそっと少しだけドアを開いてキッチンを伺う男二人。

「ば、バレたら怒られるんじゃないか?」
「アホか! 桐生ちゃんかて嬢ちゃんが誰にチョコ作っとるのか気になっとるんやろ?」
「そ、それはそうだが……」

息を殺して聞き耳を立てると、ザクザクとチョコレートを刻んでいる音となまえと遥の会話が聞こえてくる。

「ここ、もう少し細かい方がいいかな」
「どうして荒いとダメなの?」
「口当たりが全然違うの。細かい方が滑らかになるんだよ」
「へぇ〜そうなんだぁ。じゃあ頑張らないと!」

にこやかにチョコレートを刻んでいるなまえの姿に真島の目尻が下がる。エプロン姿もたまらない。
思わず「可愛えなぁ」と口から漏れてしまい、桐生が慌てて真島の口を塞ぐ。

「シーッ! 兄さん声がでかい!」
「その桐生ちゃんの声がすでにデカいやろっ!」

言い合いをしている途中でなまえと遥が別の話を始め、桐生と真島はお互いアイコンタクトをして二人の会話に集中する。

「今まで遥ちゃんは市販のチョコを渡してたの?」
「うん。私が作るより美味しいかなって。でも、今年は手作りのチョコを渡したくて」

(遥……、今まで誰かにバレンタインのチョコを渡してたのか……)
(あ、桐生ちゃん、ショック受けた顔しとる)

「手作りのものは気持ちも伝わるしね」
「お姉ちゃん、一つ聞いてもいい?」
「何?」
「どうしてお姉ちゃんは真島のおじさんが好きなの?」

遥の唐突な質問に真島は急にスッと立ち上がり、そして座った。
桐生が落ち着くようポンポンと肩を叩いて再び耳をキッチンへと向ける。

「ふふ、直球な質問」
「だって……、正直真島のおじさん変わってるでしょ? 髪型とか服とか、やってることも普通の人とズレてるっていうか……だからお姉ちゃんが真島のおじさんと付き合ってるのが不思議で」
「桐生チャン……、俺、ちょっと説教してくるわっ!」
「兄さん、堪えて!」

なまえは火にかけて泡立てた生クリームとチョコレートを丁寧に混ぜ合わせながら、逆に遥に質問をした。

「遥ちゃんは目に見えてるものだけが真実だと思う?」
「どういうこと?」
「表と裏、見えているのは片方だけで、もう一方は隠れて見えない」
「う〜ん、なんとなくわかるけど……難しい」

そっか、と苦笑いをしてなまえは混ぜ合わせたチョコレートの半分を別のボールに入れ、ラム酒を加えてなじませていく。
遥も残ったチョコレートをオーブンシートを敷いたバットに入れて、表面を整えながらなまえが言っていることを一生懸命理解しようとしている。

「真島さんはね、とっても真面目でとっても優しいステキな人だよ」
「そうなの? だったらもっとちゃんとすればいいのに」
「ちゃんとしてないように見える?」
「うん」
「それはわざと見えないようにしてるからだよ」
「わざと見えないように? ……もう、わかんない!」
「遥ちゃんがもう少し大人になったらわかるよ。それに、本当の真島さんは誰にも教えたくないかな」
「私にも?」
「うん。好きな人は一人占めしたい」

なまえは遥からバットを受け取り、冷蔵庫に入れる。
あとは固まるのを待つだけ。

「……なまえ」
(良かったな、兄さん……)


***


1時間が経過して、私と遥ちゃんは固まったチョコレートを切ってラッピングする。
あれからすぐに桐生さんと真島さんをリビングに呼び戻したが、なぜか妙に大人しかった。

「じゃあ、遥ちゃん」
「う、うん」

遥ちゃんはラッピングしたチョコレートを持って桐生さんのところへ。

「おじさん、これ」
「え? 俺に? 誰かにあげるんじゃなかったのか?」
「うん、本当は明日サプライズで渡したかったんだけどバレちゃったから。……いつもありがとう、おじさん」
「遥……」

照れくさそうに遥ちゃんからチョコレートを受け取った桐生さんは、さっそくラッピングを開けてチョコを口に入れる。

「おいしい?」
「ああ、こんなうまいチョコは初めてだ」
「良かったぁ〜!」
「遥ちゃん、良かったね! 実はまだたくさんあるの。コーヒー淹れますから一緒に食べましょ。遥ちゃんは紅茶ね」

コーヒーと紅茶とカカオの香りに包まれて楽しく雑談をした後、遥ちゃんと桐生さんは仲良く帰って行った。
真島さんと一緒に二人を見送ると、ぐぅ、と耳に届いた真島さんのお腹の音。
そういえばお昼を食べに来てくれたのに、チョコレート以外何も食べてもらっていないことに気づいた。

「ごめんなさい! せっかく来てくれたのにこんなことになっちゃって……お腹ペコペコですよね? これから何か作ります」

まずは今ある洗い物を片付けないと。
スポンジを握ろうと手を伸ばすと、背後から真島さんの手が伸びてきて、長い指に私の指が絡め捕られた。
そのまま抱き締められ、首筋を真島さんの唇と髭が行き来する。

「ま、真島さん?」
「俺のチョコは?」
「ラム酒を入れたの。もう少し冷やさないと。もう帰っちゃう時間?」
「……泊まる。なまえと一緒におりたい」
「それじゃあ日付が2月14日になったら、ラム酒の生チョコ、食べましょ!」
「ええで。ほな、それまでバレンタインイブといこか」
「え?」
「なまえしか知らん俺をいっぱい教えたる」

ひょっとして、遥ちゃんとの話聞いてました?
その質問に真島さんが答えることはなかったが、いつもと違う甘えるようなキスがきっと答え。


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