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▼ 悪い男、つまらない女。

5月14日、みょうじなまえは男にふられた。
男とは半年ほどの付き合いだったが一方的に別れを告げられた。何が足りず、何がダメだったのか。ただ「お前に飽きた」とだけ言われた。
なまえは一人、一度も入ったことがないBarでいつまで経っても消化できないその言葉を何度も強い酒で喉の奥に流していた。

「ええ飲みっぷりやなぁ、ネェちゃん」

カウンター席の一番奥に座っていたなまえの隣に一人の男が陣取った。
独特な容姿、独特な喋り方。明らかに普通の男ではない。いつものなまえならすぐにその場を離れているがそうしなかった。酔っているせいもあるが、見ず知らずの男に声を掛けられたくらいで逃げるなんて。普段は持ち合わせていない強気な感情がなまえを頑なにそこに居座らせた。

「嫌なことでもあったんか?」
「そう見えますか?」
「せやなぁ。女が一人で酒をグイグイいっとる時は大抵仕事でや〜なことがあったか、男にフラれたか、そのどっちかや」

せやろ? と男がなまえの耳に囁く。
吐き出された低い声と吐息がぬるりと耳穴の深い所まで入り込み、鼓膜どころか脳も身体も震わせた。

「その様子やとフラれたんとちゃうか?」
「……そうです」
「ビンゴぉ〜! ゴロちゃんの勘は鋭いんやで」
「ゴロちゃん?」
「あぁ、せや、名乗っとらんかったな。俺は真島や、真島吾朗」

なまえは酔っているとはいえ少しの警戒心はあった。しかし、真島はスルスルとなまえの心の中にいとも簡単に入り込んだ。
名前は? 仕事は何してんねん? ここにはよう来るんか? そいつはどんな男やったん? なんでフラれたんや? まったく見る目がない男やなぁ。
少しずつ、確実に。警戒を解きほぐしながら真島は身体を寄せていき、なまえの腰に腕を回した。

「あ、あのっ」
「そういうとこやでなまえちゃん。飽きた、言われたんやろ?」
「それとこれとは……」
「つまらん女言われたのと同じやでソレ。わかるか?」

なまえを諭すかのような口調で真島がゆっくりと話す。
まっすぐ女を見つめる男の隻眼は、たまに柔らかさを見せつつもその中に鋭い欲望をぎらつかせている。

「同じことの繰り返しじゃ飽きるやろ? そう硬くなんなや。たまにはハメ外さんとなぁ」
「そうしないと私はつまらない女ですか?」
「せやなぁ。なまえちゃんは変わりたいんか?」
「変わりたいです」
「ほんなら今ここで俺とキスしよや」
「な、なんでいきなり……! あなたと私はそんな関係じゃ──」
「中高生の恋愛じゃあるまいし、もうええ大人やろ」

つまらんやっちゃなぁ。
独り言のように吐き出された真島の言葉に腹を立てたなまえは、真島の名前を呼んでこちらを向かせると自分から口づけた。その瞬間、後頭部に回された真島の手に押さえつけられ、それから逃れられなくなってしまった。
真島とのキスは人目を気にする余裕もないほど激しいもので、なまえは息苦しさに涙を滲ませていたが、真島の香りやら舌づかいの音やら感触やらがアルコールで狂った理性をさらに狂わせた。

「ええなぁ、なまえちゃん。想像しとったより上手いやんか」
「はぁ、はぁ……、真島さんは女性なら誰でもいいんですか?」
「そりゃないなぁ」

真島はなまえの頭を厭らしく一撫でして目を細めると、置かれていたグラスを手に取って一気にそれを呷った。

「俺なぁ、今日誕生日やねん」
「だ、だから?」
「プレゼントくれや」

飲み干したグラスを手放し、真島の指が眼差しを揺らしている女の顔の輪郭をなぞる。それが何を意味しているのかはなまえにもわかったが、まるで催眠術にでも掛けられたように男の顔を見つめることしかできなかった。

「俺が確認したるわ。なまえちゃんがつまらん女かどうか」
「それなら……、私以外でも──」
「お前しかおらんなぁ」

ほな行こか、と有無を言わさず真島はなまえの腕を掴んで立ち上がらせる。すでになまえの足はふらふらで、真島に肩を抱いてもらわなければ歩けないほどに酔いが回っていた。

「プレゼント貰うんやから、ちゃんとお返しはするで」

何もかも忘れさせたるわ。
まともに愛されたことないんやろ?
愛されたいなら、愛さなあかんのやで。
俺が全部教えたるからな。

この男は私を散々酔わせ、その気にさせて抱くのが目的だったのか。
さっきまで頭の片隅にあったなまえの理性の欠片は木っ端微塵に砕け散り、身体がふらつくまま真島の身体に体重を預ける。
すっかり酔わされてしまった。アルコールにも、真島にも。
混濁とした意識の中、なまえは自然とそれを口にした。

「ハッピー……、バースデー。……真島さん」


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