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▼ 感謝に感謝。

今日も私が働く弁当屋にいつものあの人がやってきた。

「よう、なまえちゃん! 今日も頑張っとるのう!」

素肌に蛇柄ジャケットの眼帯。外見もヤバいが職業もヤクザとこれまたヤバい。最初は怖くて何をどうしたのか覚えていないが、「寒なってきたから風邪引いたらあかんで」と身体のことを心配したり、「この前の弁当美味かったわ〜。最高やったで!」と感想を言いに店までわざわざ来てくれたり、今となってはただの常連客ヤクザ。真島吾朗という名前らしい。名前は聞いてもいないのに教えてくれた。

「真島さん、今日はどのお弁当にしますか?」
「なまえちゃんのオススメあるか?」
「そうですねぇ……、やっぱり日替わりかなぁ? この柚子胡椒唐揚げが食欲そそりますし、サラダはオーガニック野菜なので身体にもいいですよ!」
「ほぅ、ええなぁ! ほな、それにするわ」

うちの弁当を気に入ってくれたのか、月に何度か買いに来てくれる。いつもは西田と呼ばれている人も一緒に来ているが、今日は真島さん一人だ。
代金を受け取ってお弁当を渡すと、それと引き換えるように真島さんは手にしていた袋を私の目の前に。

「これは?」
「なまえちゃん、今日何の日か知っとるか?」
「勤労感謝の日で祝日ですよね?」
「正解やっ! いつもニコニコ頑張っとるなまえちゃんに感謝っちゅうわけや」

つまらんもんやけど、とカップケーキを買ってきてくれたらしい。こんな可愛い袋をこの形をした真島さんがここまで持って歩いてきたのかと思うと可笑しくて少し笑ってしまった。

「いいんですか?」
「なんや美味そうやからついでに買うてきたんや。そんな大層なもんちゃうで」
「ありがとうございます! いただきます!」
「こっちこそいつもおおきにな」

それじゃ、と手を上げていつものように帰っていく。
真島さんの姿が見えなくなると、私たちのやりとりを見ていたオバちゃん店長がなぜか興奮気味に声を掛けてきた。

「それ、パティスリー・蘭の高級カップケーキよ!」
「こ、高級?!」
「なまえちゃん知らないの? そこのビルの大型モニターでCMやってたのに見てないの?」
「あんまり普段見てなくて。ちょっと袋開けてみます。……六個入ってて全部デザイン違います」
「それって、特別オーダーのやつだと思うわ」

色とりどりのクリームの上に可愛らしい砂糖菓子が乗っている。
五線譜の上を音符が踊っているようなものや、赤とピンクのお花、可愛らしい小鳥、気に入っているキャラクター、月と星、野球とグローブ……。
全部真島さんとの何気ない会話の中で私が「好き」と言ったものがカップケーキの上にある。

「たしかオーダーのカップケーキってすごく人気で、一ヶ月待ちとかってインタビューでやってたはずだけど」
「そ、そんな」

真島さん、ついでに買ってきただけって言ってたのに。

「どうしよう、店長。私、そんなこと知らなくて」

さらりとありがとうございます、とだけ言ってしまった。それじゃ足りないくらいのことを真島さんは私のためにしてくれている。
待っていればそのうち店には来るだろうからその時に言えば……、けど、本当に来る? いや、来ないかも。
真島さんのことを考えたらこの先何が起きてもおかしくない。ひょっとしたらそういうことがあると分かっていて、最後のお別れに私にこれを渡しに来たんじゃ……。考えれば考えるほど不安な気持ちが募ってくる。

「なまえちゃん、今日は祝日でピークも過ぎてるからもう私一人で大丈夫よ」
「でも」
「ちゃんとお礼言ってきて。またお弁当買いに来てもらわないとね」
「店長……、ありがとうございます!」

私は急いで付けていたエプロンと帽子を外し、リュックサックにそれを詰め込んで真島さんが歩いて行った方へと走った。

『いつもニコニコ頑張っとるなまえちゃんに感謝っちゅうわけや』

そのために一ヶ月待ちの高級カップケーキ?
だいぶ前に話したこともちゃんと覚えてくれてるなんて。
そういえばカップケーキがカラフルで好きだという話もした記憶がある。お弁当のやり取り以外で初めて交わした会話じゃなかっただろうか。

どうか真島さんに何事も起こっていませんように。

そう祈りながら神室町のあらゆる所を息を切らしながら走り回り、ようやくその姿を見つけた。

「真島さんっ!」
「お、なまえちゃん! 息切らしてどないしたんや? まだ仕事中やないんか?」
「よかったぁっ」
「お、おい、何泣いとんねん! なんかあったんか?! 弁当屋に変なヤツ来たんか?」

今まで見たことのない真剣な顔つきの真島さんにふるふると首を横に振った。

「これ、私、何も知らなくてっ……。私なんかのためにっ」
「あ? コレのことでわざわざ走ってきたんか? 泣くほどのことちゃうやろ」
「高いのにっ! 一ヶ月待ちなんて知らなかったし! 全部私の好きなやつだし!」
「そんくらい、なまえちゃんの頑張りには価値があるっちゅうことや」
「そんな……、私なんて全然──」
「俺のこと、探してくれたんやな。ホンマ、おおきに」

くしゃり、と真島さんの手が私の頭を撫でる。
ヤクザなんて一般人のことなんか見下してるんだと思ってた。
安い給料なのに朝早くから夜遅くまで働いて、上司に怒鳴られ、残業をさせられ、客から理不尽なクレームを言われ。そんな私たちのことを馬鹿だヤツらだと思いながら、一日で莫大なお金を手に入れてるような人だと思ってた。

でも、真島さんは違う。

「私、真島さんにちゃんとお礼を言いたくて」
「礼なんかいらんいらん! そんなら礼の代わりに俺とデートしてくれや」
「へっ?」
「なまえちゃんの私服、初めて見たわ。やっぱ可愛えなぁ! この後、予定ないんやろ?」

お礼の代わりにデート、と言われてしまったら断るにも断れないし、断る理由もない。

「今日はなまえちゃんのしたいこと、何でも叶えたるで」
「じゃ、じゃあ、このカップケーキ、真島さんと一緒に食べたいです」
「そんなんでええんか? ほんなら美味いコーヒーでも買うて行こか」
「あの、真島さん」
「なんや?」
「ありがとうございます」

真島さんがお店に来てくれるから、私も頑張れます。
俺もなまえちゃんからも元気貰てるで。
また、来てくださいね。
ああ。毎日行ったる。

私たちは、歩き出した。


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