seasons | ナノ


▼ 05.14

朝からツイてないのは知っていた。
出勤前に見た情報番組の占いは最下位で『ショックなことが起こるかも』の文言に、始まったばかりの私の今日はもうすでに終わってしまった感があった。
ストッキングが伝線してるとか、シリアルを食べた時のミルクがブラウスに跳ねて知らぬ間に染みになってるとか、そんなのはまだ序の口で。
昨日作成したデータ資料の数字が一マスずつズレていたことが発覚、今朝の会議で必要な資料だっただけに出勤直後から上司に呼ばれ、怒声罵声の嵐。数えきれないくらい頭を下げて「申し訳ありません」を声が枯れるまで何度も言った。もちろん会議はできず明日の朝に延期され、私は残業必須で書類を作り直し。気づけば事務所の中でひとりぼっちになっていて、PCに向かったまま日をまたいでしまった。

「占い、当たったな……」

なんとか書類を作り終え、会社を出てスマホを見れば0:25の表示。
そういえば晩ご飯を食べていなかった。正直食欲はないけれど何かはお腹に入れておかないと。コンビニに寄って少しばかりいい値段のゼリーとアルコール度数高めのレモン酎ハイを一本だけ買った。
今日はシャワーを浴びて、これを食べて飲んで、さっさと寝よう。最悪な今日は昨日になったんだ。そう気持ちを切り替えてコンビニを出た矢先。

「吾朗ちゃ〜ん、これからどうするのぉ?」
「ヒヒッ、どないするかのぅ。夜はこれからやからなぁ〜」

真島さんだった。
他にも数名のキャバ嬢、西田さんや南さん、真島組の組員さんがいる。吾朗ちゃんと甘えた声を出したキャバ嬢は真島さんの腕に絡みつき、擦り寄るように頭を彼の肩に預けていた。

なんでこんなものを見せられてるの?
ショックな出来事は書類のことじゃなかったの?

私は真島さんの彼女じゃない。たまに食事に行ったり、飲みに行ったりする仲。バッティングセンターやボウリングや映画にも行くけれど、きっとこの関係は友達、なんだと思う。でも私は……。
着飾った綺麗な女性の肩に手を回している真島さんも、女性の心を浮かせてしまうようなあんな真島さんの声も知らないし、見たくなかった。
どうか気づかれませんように。さっきまでとぼとぼと歩いていた足は信じられないくらいの速さで動いている。それでも真島さんの眼は私の姿を捉えたようで。

「おぉ、なまえちゃーん!」

身体にぴったり密着していたキャバ嬢の女性を引き剥がし、真島さんは私に向かって手を振りながら一直線に駆け寄ってきた。

「今仕事帰りかいな。随分遅いなぁ」
「ちょっと、仕事が立て込んで」
「それでも遅過ぎやろ。……ん? しかもなんや元気ないなぁ。なんかあったんか?」

なんかあったんかって……。その言葉に思わず俯く。
いろいろあり過ぎて、そして最後に止めを刺されたんです、真島さん。
心の中で呟いたら涙が零れそうになり、必死に堪えて「何もないです。ちょっと疲れちゃっただけ」と喉に力を入れて声が震えないように伝えた。

「ちょっと吾朗ちゃんっ、……誰この人? 早く行こ」

キャバ嬢がヒールの音を響かせやって来ると、見せつけるように真島さんの腕に自らの腕を絡めて私を睨みつける。きっとこの女性も真島さんのことが好きなんだろう。だから私に嫉妬したんだろうな。私がさっきしたみたいに。

「じゃあ、私はこれで……」

パイソンジャケットにワインレッドのラメネイルが食い込んでいる。それを見るのが辛くて逃げるようにその場から立ち去ろうとすると。

「すまんな、予定変更させてもらうわ。今日はこれでお開きや」
「え? 何言ってるの。ちょ、ご、吾朗ちゃん!」
「遊びたいなら他のヤツらに連れてってもらえばええ。お前ら、あと頼むで。俺はなまえちゃんと帰るわ」

真島さんの腕は食い込んだキャバ嬢のネイルから抜け出して、私の腰に回されていた。

「行こか」
「で、でもっ」
「行くで」

呆然と立ち尽くしているキャバ嬢たちを置いて、真島さんの腕が私の腰をぐいっと押しながら歩く。背後で真島さんに絡みついていたキャバ嬢が何か叫んでいるのが聞こえたり、西田さんの困ったような声が聞こえてきたが、真島さんは振り向くこともせずにそのまま歩みを進め、そのうち声は消えて無くなった。

「それ、晩飯か」
「そうです」

返事をしたのと持っていた袋を取り上げられたのとほぼ同時だった。中身を確認されて「こんなん栄養なんもないやろ!」と怒られた。

「こんな時間だし、食欲もあまりなくて」
「あかんで。どっかの坊さんがテレビで『食べることは生きること』言うてたで。しっかり食べな」
「あの、良かったんですか?」
「あぁ? 何がや?」

真島さんが歩く速度を緩めて私のほうを見る。

あの女性と一緒に居なくて良かったんですか?
本当はこれからホテルに行く予定だったんじゃないですか?
あの女性とはどんな関係なんですか?
真島さんはあの女性のことをどう思ってますか?
好き、なんですか?

次から次へといろんな質問が頭の中を埋め尽くしたけれど、もちろん最初の質問しか聞くことができなかった。

「ええんや。誕生日やからお祝いパーティーしたる言われて、無理矢理呼ばれたようなもんやからなぁ」
「誕生日?」
「せや。俺の誕生日」

今まで幾度となく真島さんと話してきたのに、彼の誕生日を私は知らなかった。でもあのキャバ嬢たちは知っていて……。そういえば真島組の組員さんがたくさんの荷物を抱えていた。あれはきっと真島さんへの誕生日プレゼントだったんだ。

私だって、真島さんのことが好きなのに。

誕生日だと知ってたら、怒鳴られてばかりの仕事なんかズル休みして、ちゃんとレストランを予約して、真島さん好みのお酒を用意して、バースデーケーキも手作りして、プレゼントももちろん用意して──。
それなのに、今手元にあるものといったらコンビニのゼリーと酎ハイだけなんて……。せっかく堪えた涙が込み上げてきて一粒二粒と地面にまっすぐ落ちていくのが見えた。

「せやから、あ、ど、どないしたん? なんで泣いとるんや?!」
「……知らなくて」
「何をや?」
「真島さんの誕生日……。ごめんなさい」
「なんでそないなことで泣いとるんや? なまえちゃんなんも悪ないで!」

歩いていた足が止まり、真島さんの指が零れる涙を拭ってくれた。

「それに俺の誕生日は今日や」
「え……?」
「パーティーは前夜祭みたいなもんで、少し前に日付変わったやろ? せやから今、この瞬間が正式な俺の誕生日やねん」

何度も私の頭を優しく撫でて、「だから泣くなや」と顔を覗き込んできた真島さんと目が合う。

「おめでとう、言うてくれるか?」
「……お誕生日、おめでとうございます」
「おう、おおきに!」

日付変わっておめでとう言うてくれたの、なまえちゃんが最初やで。
嬉しそうに真島さんは笑い、改めて私の頭を撫でる。こんなことをされたのは初めてだった。きっと私の心の中は真島さんに全部見えていたのかもしれない。

「ほんならプレゼント、くれや」
「渡せるものなんて今は何も……。強いて言うならそれしか」

私が取り上げられたコンビニの袋を指差すと「せやな」と真島さんが大きく頷く。
本当にそんなものでいいの? なんて考えていたら、真顔になった真島さんと再び目が合う。

「ほな、勝手に貰うで」

その言葉が耳に届き、私の後頭部に手が回され、引き寄せられるように唇を奪われるまでスローモーションのようだった。
ゆっくり、優しく重ねられた唇には濃厚な真島さんの香りと熱がある。柔らかさを確かめるように何度か押し付けられた後、それは静かに離れていった。

「最高の誕生日プレゼントや」
「どう、して」
「プレゼント、なまえちゃんがええ。俺になまえちゃんくれんやろか?」
「それって……」
「好きやったんや、ずっと。今、俺が欲しいもん、もうわかるやろ?」

最悪の日は終わっていた。
そして最悪の後には最高なことが起こると知る。
私は真島さんを見つめ、彼が欲しがっているプレゼントを差し出した。

「私も、ずっと好きでした。真島さんの彼女にしてください」

今日は真島さんの誕生日。
たくさんの愛を彼に贈る。


◆拍手する◆


[ ←back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -