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▼ 告白

CLOSEDの看板が出ているお店に特別に入らせてもらっている。
開店準備で忙しいにも関わらず、ママがウーロン茶を出してくれた。

「なまえちゃん、本当にいいの?」
「はい。いいんです」

ママに差し出した高級チョコレート。
バレンタインの今日、曖昧な関係の彼に渡して告白するつもりだった。私と本気でお付き合いして欲しいと。
でも、幸か不幸かこのチョコレートを渡す前に私の恋は玉砕した。
彼がキャバクラの店先でキャバ嬢たちからプレゼントを受け取っているところを見てしまった。嬉しそうだった。

「それはそれ、これはこれよ。真島さんのためになまえちゃんがプレゼントしようとした大切なチョコレートじゃない」
「そうなんですけどね……。女性の一人が私と同じのを渡してたんです。包装紙もショッパーも箱の大きさまでも同じで」

決して安いチョコレートじゃない。でも真島さんの口に合うか心配で、事前に同じものを買って試食した。
上品な甘さと滑らかな舌触りで味は間違いなし。パッケージも黒にブランドのロゴが入っているシンプルなもの。これなら大丈夫と勝手に真島さんが喜んでいる姿を想像して満足していた。
しかし現実は私よりも先にその女性から真島さんの手に……。

「今から手作りしたっていいじゃない! まだ間に合うわ!」
「私が彼女だったらそうしても良かったですけど、そうじゃないからいきなり手作りなんて重たいかなって」
「もう彼女も同然じゃない! 私が何人の男と付き合ってきたと思ってるの? 男が本気かどうかなんて私にはすぐにわかるわ。真島さんは、本気よ」

ママはそう断言するけれど、私には自信も確信もない。
あれだけたくさんの女性に囲まれているのだから選択権は真島さんにある。

「でも、これはもう渡せません。同じもの貰っても嬉しくないだろうし、私もちょっと嫌だし……」
「私、女からこんなの貰っても嬉しくないわよ」
「友チョコだと思って」
「友チョコにしては高価すぎるじゃない」
「お願いします。自分で食べるのは虚しいから」

無理矢理ママにチョコレートを押し付けた。
ママは高価だと言った。私もそう思う。でもそれ以上に高価な物を真島さんはたくさん貰っている。私がプレゼントできないような物を。

「なまえちゃん、ひとつ聞きたいんだけど」
「何ですか?」
「どうして私の所に来たの? あなたが亜天使に来るのは大抵何かに困って、私に助けを求めてる時よ。本当は助けてほしいんじゃないの?」
「最初はそうだったのかも。でも、いいんです」

最初から真島さんと釣り合うような女じゃないことなんてわかっていた。
彼に相応しい人が、彼によって選ばれる。

「ママ、もう行きます。忙しいのにごめんなさい。ありがとうございました」

喉の奥にウーロン茶をゴクゴク一気に流し込んで席を立った。

「なまえちゃん!」

ドアノブに手を掛けようとした瞬間、追いかけてきたママがそれを制した。

「ひとつだけ、私からアドバイスするわ」
「はい」
「バレンタインデーは、愛を告白する日よ。それだけは忘れないで」

私はゆっくり頷いて店を出た。
きっと面と向かって彼に告白などすることはもうないだろう。
私は自宅に帰る。
幸せそうに手を繋いで歩いているカップルとすれ違いながら。
そして私は知らない。
桐生さんを探しに真島さんが亜天使に向かっていることを。





帰宅してからだいぶ時間が経ったんだろうと思う。今が何時なのかわからないくらいリビングのローテーブルに突っ伏したまま熟睡していた。
精神的な疲れがどっと身体を重くしているが、頭を撫でられている感覚が心地いい。
寝ぼけているせいだと思っていた。けれど、すぐ傍にある嗅ぎ慣れた香りに慌てて顔を上げると、好きな男の目と目が合った。

「おやすみにはまだちぃと早いんとちゃうか?」
「ま、真島さん?!」

どうやら合鍵を使って入ったらしい。
合鍵なんて本来なら恋人同士が渡し合うものだと思う。でも、好きな男に強請られたら渡してしまうのが惚れた女の弱み。
私と真島さんはなんとなくそういう感じになっただけ。それだけ。

「どうしてここに?」
「どうしてってバレンタインやからに決まっとるやろ! 俺にチョコは無いんか?」
「私から貰わなくても真島さんなら……いっぱい貰ったんじゃないですか?」
「まぁ、せやな。飽き飽きするほどもろたわ。ほな……コレ、読んでや」

真島さんは嬉しそうに革手袋をした人差し指でトントンとテーブルを鳴らす。
そこに目をやれば開いたままの手帳とシャーペン。

「っ!」
「コレはお前の口から直接聞かせてもらわんとなぁ。それとこのチョコ、めっちゃ美味いらしいから一緒に食おうや」

目の前に出されたのはあのショッパー、あの包装紙、あのチョコレート。

「亜天使のママさんからもろたんやけど、随分と想いが込められたチョコらしいでぇ。俺、これだけでええから他のはぜぇんぶ組のもんにやったんや」
「真島さん」
「なんで泣くんや、どアホ」

眠ってしまう前。
私は真島さんに手紙を書いていた。
ママの言ったとおり、バレンタインは愛を告白する日だから。
胸に溜め込んだ言葉を声にできないなら、その言葉をせめて文字にして、そして諦めようと思っていた。

「もう……見てるじゃないですか」
「ちゃんとお前の口から聞きたいんや」

背後から優しく抱き締められ、「早よ」と甘えるように真島さんは私の肩に顎を乗せてくる。
私はそれをゆっくりと読み始めた。
最後の言葉をなぞり終えた時、真島さんが耳元で「俺もやで」と囁いたのが聞こえた。


────


真島吾朗様

真島さん、私はいつもあなたに感謝しています。
こんな私と同じ時間を共に過ごしてくれていることを。
こんな私を全身全霊で守ってくれていることを。
こんな私を心から支えてくれていることを。

自分のことで精一杯だった私が、あなたのことを想うようになって
毎日が幸せで、毎日が楽しく、そして毎日が愛おしい。

どうか
私だけを見て欲しい。
私の傍にいて欲しい。
ずっと一緒にいて欲しい。

私の手を優しく握ってくれたのはあなただけだから。
もし伝えることが許されるなら、あなたに知って欲しいことはひとつだけ。

真島さん、私はあなたが好きです。


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