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▼ 鬼の目には眼帯

節分の夜。
一人暮らしの私は鬼も福の神も一人二役で、豆まきをする必要なんてないんだけれど。
仕事帰りに寄ったスーパーで、350mlのビール缶2本におつまみ豆が付いた『ほろ酔い節分セット』についつい手を伸ばしてしまった。
その隣には消費者の購買意欲に火をつけるような恵方巻。15cm程にカットされた海鮮巻で2本1パックになっている。
1本食べて残りは明日の朝ご飯でいいか。
ここまできたら節分の豆まきはどこへやら。単なる晩酌である。

スーパーを出て帰路の途中にある西公園に入った。
木々の葉の香りに癒されるし、薄暗いけれどある程度人通りもあって街灯もちゃんとある。
柄の悪い人たちがウロウロしている街中よりずっとまし……と思ったのも束の間。街灯の下に怪しい人影が見える。

(な、なんなの、あの人ッ?!)

近づいてみると、蝶ネクタイを締めた黒のタキシード姿に般若の面をつけていた。奇妙なことにその面は左目に眼帯をしており、下顎部分は無く、男の下唇と顎髭が見えている。

(どうしよう……。あそこ通らないと帰れないんだけど)

来た道を戻るにはあまりにも時間がかかりすぎるし、かといってあの男の前を通って何かされても困る。
足を止めてしばらく様子を伺ってみた。
面を付けた男は蹲るように腹を押さえて公園の石垣に腰を下ろし、肩を揺らしながら荒い呼吸を繰り返している。

(ひょっとして具合悪いの?!)

般若といえども面の下は人間。
明らかに怪しいけれど、本当に体調を崩して動けなくなっているなら見過ごせない。
ここは思い切って声を掛けて、万が一何かされそうになったら大声を上げよう。
勇気を振り絞って足を前に出し、面を付けた男に話し掛けた。

「あの……、大丈夫ですか?」
「…………」

男は無言で頷いたが、何気なく口元を拭った手の甲に薄っすらと血がついている。

「怪我してるんですか?!」
「…………」

首を横に振られたものの、良かったらとハンカチを差し出したら素直に受け取って口元を拭う。やはり血が出ていた。

「本当に大丈夫ですか?」
「…………」

男は返事をしない。
妙な沈黙が流れた後、ぐぅ、と拍子抜けする大きな音。
どうやら男の腹の虫が鳴いたらしい。

「お腹、空いてるんですか?」
「…………」
「よれけば、これ」

私は咄嗟にスーパーで買ったほろ酔い節分セットと恵方巻を買い物袋から取り出した。
男はしばらくそれをじっと見つめ、周囲を見渡して初めて声を出した。

「周り、誰もおらんな」
「は、は、はいっ」

男は般若の面を外した。
眼帯は本当に必要なものだったらしく、器用に自らの左眼にそれを装着している。
この人の素顔を見てはいけなかったのでは。
そう思うと心臓がバクバクと暴れ、呼吸が苦しくなってきた。

「はぁ〜、助かったわ。腹減って動けんかったんや」
「怪我は?」
「あ? こんなもん擦り傷みたいなもんやで」
「そ、そうなんですか……。じゃあ、私はこれで」
「何言うとるんや? 二人分あるやろ。乾杯しよや」

男の人差し指がトントンと石垣を叩いている。隣に座れ、と。
ここは素直に従ったほうがよさそうだと本能が感じて言われた通りにする。

「それにしてもネェちゃん、オモロいなぁ! 節分やっちゅうのに鬼に豆とビール渡す女なんかおらんで」

反論する間もなくビールを持たされ、男は勝手に「乾杯!」と缶をぶつけて嬉しそうにゴクゴク喉を鳴らしている。

「くぅーっ! 桐生チャンとケンカした後のビールは最高やでぇ!」
「?」
「ちなみにこの面付けとる時の俺は『ハンニャマン』言うんやけどな」
「は、はぁ」

無口だったそのハンニャマンはどこへやら。
面を外した途端に饒舌になり、今は美味しそうにおつまみ豆を口の中へ放っている。

「今年は方角どっちや?」
「方角?」
「恵方巻や。なんや縁起のええ方角向いて食べなあかんのやろ?」
「南南東、らしいです」

鬼も方角を気にするのかと思ったら無性に笑いが込み上げてきた。
恵方巻を口にしようとしていた男がそれに気づいて「何笑てんねん」と肘で軽く私の二の腕を小突く。

「さっきまでハンニャマンだったのに、そういうの気にするんだなと思って」
「もう面外しとるやん。ハンニャマンやない。俺は真島や、真島吾朗。ネェちゃんは?」
「みょうじなまえです」
「ほななまえちゃん、コレ食うたら行くで」
「行くって……どこへ?」
「汚してもうたからな。買いに行くで」

ひらひらと振られているのは血で汚れた私のハンカチ。
どうやら新しいものを買ってくれるらしい。
そんなの気にしなくていいとやんわり断ったのだが。

「鬼は外、福は内。なまえちゃんが鬼追い払ったんや。次は福が来る番やで」

ヒヒヒッと真島さんが笑った。
彼の背中に般若が彫られていることを知るのは、もう少し後の話。


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