▼ クリスマスの夜に、こうして二人きり。
下降するエレベーターの中で、ずっと呑み込んでいた言葉を口にする。
「どうして、私だったんですか?」
この国ではクリスマスは恋人同士でロマンチックな時間を過ごすのが定番で、一人ぼっちで過ごすクリスマスはクリぼっち、なんて表現になっちゃって。
私もそのクリぼっちになるはずだったのに。
恋人でもない男性に誘われて、高級ホテルの最上階にあるレストランで食事をして、その隣にあるバーでお酒とクリスマスの雰囲気に酔わされて。
胸元にはクリスマスプレゼントという名のネックレスがキラキラ輝いている。
「そら、クリスマスだからや」
エレベーターの壁に背を預けた真島さんがさらりと答えた。
真島さんと出会ったのは、合コンで知り合った男にベロベロに酔わされてホテル街に向かっている途中。
全く記憶にないのだけれど、『蛇柄のカッコいいお兄さん!』と私が満面の笑みで手を振ったらしい。
無理矢理ホテルに連れて行かれそうになっていると知った真島さんが私を助けてくれた。男がどうなったのかは知らない。
それからそのお礼にと食事に行き、それが二度、三度と重なって今に至る。
友達でもない、恋人でもない。
強いて言うなら食事仲間。たくさんいる女性の中の一人なんだろうと思っていたのに。
「だってクリスマスですよ? もっと……真島さんには綺麗な女性がたくさんいるのに」
一度、劇場前通りで女性と歩いている真島さんを見かけた。
髪も顔もスタイルも美しくてお似合いだなと思っていたのに、今日は私と一緒にいる。
だから訊きたくなってしまった。どうして、と。
「せやなぁ。可愛くてベッピンな女は仰山おるわなぁ」
「…………」
「せやけど、今ここにおるのは俺となまえちゃんの二人だけや。意味、わかるか?」
首を傾げていつもとは違う柔らかな視線を送ってくるから、思わず視線を横に逸らした。
エレベーターは下降を続けている。
「俺がいつかおらんようになっても、なまえちゃんには『俺と一緒に過ごしたクリスマスもあったなぁ』なんて思い出してもらえたらええなぁ思てな」
シースルーエレベーターからは神室町が見える。
眼下に広がっていたはずの神室町のネオンは私の目線と同じ高さになり、じんわりその光が滲んでいく。
ヤクザとして生きている真島さんだから、その言っている意味の重さが波紋のように心の浅い所から深い所へと広がっていった。
でも……。
「真島さんは、思い出にしたいですか?」
「そりゃなまえちゃんとこうして過ごしとるんやから──」
「私は嫌です。思い出なんかにしたくない」
「なまえちゃん」
「食事するだけでも、飲みに行くだけでもいいから、またこうして一緒に……真島さんと過ごしたい」
暫しの沈黙。
床に視線を落とすと堪えきれなかった涙がポロリ。それと同時に強く感じる温もりと真島さんの香り。
ネオンが見えなくなったかわりに、すぐ傍に鮮やかな刺青が見える。
抱き締められた。
「敵わんなぁ、なまえちゃんには」
「真島さん……」
「さっきの質問、ちゃんと答えとらんかったな」
「……え?」
「『どうして私なの?』っちゅう質問」
真島さんの人差し指が私の頬をそっと撫でて顎を上に向かせた。
「クリスマスは好きな女と過ごさなあかんやろ?」
「あ、あの……、え?」
「フッ。鈍感ななまえちゃんは言葉だけやとわからんか」
少しずつ近づいてくる唇に真島さんの胸を押して抵抗してみるものの、全くその行為に意味はなく──。
「もうすぐ……1階に着いちゃう」
「別に誰に見られようが構へん。なまえちゃんにキスするのに場所も何も関係ないやんか」
好きやで、なまえ。
吐息交じりのその声は震えるくらいに甘くて、与えられたキスは想像以上に優しい。
そっと唇を離すとタイミングよくエレベーターが1階に到着し扉が開く。
今の穏やかな時間が幻であったかのように、飛び込んでくる賑やかな人々の声とクリスマスソング。
「まだ夜は長いで。ええクリスマスにしよな」
「はい」
手を繋ぎ、私たちは神室町のネオンの中へ。
真島さんと私のクリスマスは始まったばかり。