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▼ 12月の海

海が見たい。
そんなわがままを言ったら、「ほな、行くで」とすぐに私を連れ出してくれた。
駅前も街の通りも、色とりどりのイルミネーションがピカピカと輝いていて、
その雰囲気に、行き交う人々もそわそわした様子で浮足立っているというのに。

辿り着いた海。
ほとんどが青褐の夜色に染まり、辛うじて空と海の境目にかすかな茜色が残っている。

「ぶわぁっくしゅっ!……はぁ、寒っ!」

その格好だもの、寒いに決まってるでしょ。
隣に立つ真島さんに「何わろてるんや」と指で額を軽く小突かれた。
いつもはギラギラのパイソン柄ジャケットも、ここでは控え目に見える。

「煙草吸うてくるわ」

うん、と返事をして、ザクザクと砂の音を鳴らしながら歩いていく真島さんの背中を見送った。
一人になり、波打ち際に立って目を瞑る。
私を包む風、香り、音、すべてが海だった。
ここには都会の喧噪も狂騒もない。永遠に続く波音だけだ。
身体中を海の香りで満たして、溜まった毒を抜くように鼻と口から深くゆっくり息を吐く。
何度かそれを繰り返していると、遠くから砂の音が聞こえる。

ザク、ザク、ザク……、チュッ――

こめかみに冷たい唇が押し当てられて、私は閉じていた目を開けた。

「何一人で黄昏れてんねん。……ほれ、なまえはこういうの好きやろ」

反射的に差し出した手に落とされたのは、いくつかの綺麗な白い巻貝の貝殻。
一度も好きと言った覚えはないけれど、貝殻を拾い集めている姿を想像できるだけで十分嬉しかった。

「真島さんって、意外とロマンチックですよね」
「 "意外" は余計やろ。なまえこそ、クリスマスに『海に行きたい』なんて、ヘンなヤツや」
「変なヤツは嫌いですか?」
「いや、むしろ俺は好きやで」

華やかなイルミネーションも、真っ赤なサンタクロースも、ゴージャスなプレゼントもいらない。
好きな人と、好きな場所に来たかった。

「身体、冷えちゃいますね。もう行きましょうか」
「待ちや」

顎を持ち上げられた。
沖にある灯台の明かりがこんなにも美しい。
好きな人が私の目を見つめて微笑んでいる。
ここにいるのは私と真島さん、二人ぼっち。

潮の香りがするキスをして、「メリークリスマス」と合唱した。
冬のコートとブーツで降り立った、12月の海。




――――――




車に乗り込み、シートベルトを締めるフリをして真島さんの冷えた頬にキスをした。

「な、何してくれとんねん」

不意打ちされて慌てたのか珍しく声が上擦っていたが、すぐに身体を引き寄せられて、甘くて優しい触れるだけのキスをされた。
それから車は走り出し、眺めていた海はみるみるうちに見えなくなった。
車内にはお気に入りの曲が流れている。
陽気に口ずさんでいると、急に真島さんの左手が勢いよく私の右手を握った。それはいつ握ろうかと頃合いをはかり、勇気を出して手を伸ばしたというような握り方だった。

信号は赤。
私はゆっくり指を絡め、真っ直ぐ前を向いたままの真島さんの頬に再びキスをして、耳元で甘く囁いた。

「連れて来てくれてありがとう。真島さん、大好きよ」


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