▼ Happy lunch time
トントン、コトコト――
遠い昔、耳にした音。
どこか心の深い場所に沈んでいた記憶が、思いがけず浮かび上がってくる。
あの頃の匂いは記憶から抜け落ちてしまっているが、その部分は、なまえが作り出す匂いで埋められた。
忙しなく動くなまえの背中を見つめる。
包丁で野菜を刻む。お玉で汁を掬う。フライパンを揺する。
すべての所作が美しくて、愛おしい。
怒られるのを承知で背後から抱き締める。
まだ? と駄々をこねる子供のようだ。
「今日も旨そうやな」
「我慢できなくなりましたか?」
「腹ペコや」
もうできますよ、とはにかむなまえ。
名残惜しいが白い首筋にキスをして、すぐに食事ができるよう準備をする。
出来上がったばかりの白飯や幾つものおかずがテーブルに並び、まずは深呼吸してそれらの匂いで腹を満たす。
「はぁ〜、ええ匂いや」
「お待たせしちゃいましたね」
「なぁ」
「ん?」
――いつも作ってもろて、ほんまおおきにな――
お互い慣れないことを言って言われて。
照れ笑いをしつつ、冷めないうちにと手を合わせて声を揃える。
いただきます。