▼ 鎖からの解放
部屋の空気に私と彼の吐息と色声が混じり合って溶けていくのが見えるようだ。
一定のリズムで揺れる身体。
ゆっくりとした律動の中で彼を見つめれば、信じられないほど優しいまなざしで見つめ返される。
「ツラないか?」
腰に当てられていた右手が伸びてきて、じっとりと汗ばんだ指が私の頬をくすぐるように滑っていく。
返事のかわりにその指へ口づければ、二人の時間にしか見せることのない恍惚とした微笑みを浮かべる。
「好きすぎて……壊してまいそうや」
そう、彼は私を壊さないようにしている。
迫りくる熱に脳も身体も痺れて興奮の波に身を委ねてしまいそうになっても、いつも彼は快楽の眩暈の中で己を失わないよう耐えている。
「はぁ、名前……好きや」
鼓膜に届いた甘くも心憂い声。
それは私に強い使命感を植え付けた。
鋭い視線。
質量のある低い声。
荒々しい男の力。
それらを封印させているのは私。
寧ろ私は彼を壊しているのだ。
「真島、さん……」
「どないした? 痛かったか?」
切なく彼の名を呼ぶと、動くのを止めて心配そうに見つめる瞳。
優しゅうするからな、と私の頭を撫でる。
こんなことを言わせてはならない。
彼から甘い蜜のみを与え続けられてきたが、もうそれだけでは限界なのだ。
私は、彼の毒を欲している。
だから今、解放しよう。
「そないに見つめられたら照れるやろ。いつもの名前ちゃうで」
当たり前のように優しく微笑む彼の後頭部に手をまわし、鼻先が触れ合うくらいまで顔を引き寄せる。
どないしたん? と聞かれても真剣な表情を崩すつもりはない。
彼が持つ唯一の瞳を私の二つの瞳で凝視し、こう呟く。
――もっと……激しくして、いいよ――
彼の瞳は大きく見開かれ、突き出た喉骨が上下に唸っている。
烈々たる凄まじい熱にのまれ、奥から溢れ出した支配欲が彼の封印を解いた。
「後悔すなや」
優しさという鎖から解放された彼は、狂犬の名の如く私の唇に噛みついた。
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相互リンクしていただいている『白紙の原稿用紙』の七篠権兵衛様へ、サイト1000hitのお祝いとして書かせていただきました。