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▼ 夫婦のカタチ

変化がないということは良いことだ。今日もおはようから始まり、おやすみで終わる。横に眠る鼾の音。初めて夜を迎えた時には驚いて寝付けなかったのに、今はこの音を聞きながら眠ることに慣れてしまった。ううん、今はこの音無しでは寝つきが変わってしまうくらい。

もう、二年になるのか。

昼間は忙しくなく鳴いていた蝉の音はなく、しんと静まり返る外。微かに見えるのは蛍の光のみ。そろそろ瞼が重くなってきた。さぁ、眠りにつこう。明日もこの人が無事でありますようにとそっと願いながら瞼を閉じた。

◆◇◆

「ほな、行ってくるで。」

「はい。」

私をそっと抱き締めて、早よ、帰れるように済ませてくると告げて外に。こんな風にしていると、周りの人は夫婦だと思うかもしれない。けれど、私達は違う。一緒に暮らしだして二年が経つが、祝言をあげようといったことになっていない。私はそれでいいと思っている。きっと五郎さんもそうだと思う。

だって、いつ死ぬかわからぬ運命だから。

五郎さんが働く場。泣く子も黙る天下の新選組。そう、普通の人よりも確実に死が身近にある。もう何人斬ってきたかはわからない五郎さんの羽織りはいつも返り血で汚れている。本当は綺麗に落としてあげたいけれど、いつもうっすらと残ってしまう。洗濯終わりにいつもごめんなさいと告げるとこれでええと一言。

「ワシが背負ってきた証やからのぅ…。」

そう言うのだ。きっと、いつ死んでもいいなんて思っているのだろう。それは捨て鉢のような気持ちではなく前向きなんだろう。剣を奮って生きるものとしての。剣に生きて剣に死す。まさに武士だ。

だから、いつ死んでも私が困らないようにしているのだろう。籍に傷がつかぬように、傍に置くという形で。私は全然そんな事を構わないのに、五郎さんはやけに気にしていた。そう、私のことを大切に想ってくれているからだろう。

変化がないということは良いことだ。でも、時に人は曖昧で、時に人は我が儘になる。朝の約束通り早めに帰宅した五郎さん。私は夕餉の準備の為に忙しなく動いている。縁側で煙管を燻らせている五郎さんの姿が見える。何とも微笑ましい。さぁ、あと少し。今日は少しだけ贅沢に。七輪で綺麗に鮎を焼いていく。お米もいい感じに炊き上がっている。お味噌汁もいつもよりも具材を多めに。さぁ、あとは沢庵を切るだけか。

「なんや、名前、今日はエライ豪華やないか!」

「そうですか?」

本当は喉まで出かかったが言わなかった。今日があなたと初めて出会った日から二年ですよなんて。言うのも野暮だし、気づいた所でなんやそないなことかで済まされてしまったら悲しい。気づかないならそれでいい。そう、それでいい。

「五郎さん、出来ました!」

さっきまでいた縁側には姿がなく煙管の残り香のみ。どこに行ったのかと部屋のあちこちを探すが見つからない。草履はなかったから何か用事を思い出したのだろうか。折角暖かいまま一緒に食べようと思っていたのに…。縁側に座りながら足をぶらぶらさせて待ちぼうけ。時間が掛かる用事だったら一声掛けてから出ていくことになっているからそんなに遅くはないと思う。

パタパタパタ…ガラガラ。

玄関の戸が開く音がして、少し恨めしい顔をしながら五郎さんの許に。折角のご馳走が冷めてしまう。その気持ちだけだった。でも、五郎さんは笑顔で私の前に立っている。私は仏頂面のまま。懐の辺りに何かを大事そうに抱えている。私はその姿をじっと見ているだけ。

「間に合って良かったわ。出来上がったって言われたから急いで取りに行ってたんや。」

「そうですか…。」

帰ってきてからすぐに湯に入ったのに、もうあちこち汚れている。そればかり気になってつい恨み節のようにまた湯に入らないといけないですねと可愛げのない自分が現れる。

「そんならあとで一緒に入ったらええ。」

「そういう事を言ってるんじゃないです!」

あぁ、とうとう怒ってしまった。今日はそういう気分じゃなく穏やかで優しくいようと思っていたのに。その態度に驚いた様子で私を見る五郎さん。私がむくれているのを余所に、がさこそと懐に入れていたものを開封している。気になったが、今は怒っている最中。横目でその様子を見る。

「ほら、これで機嫌直してくれんかのぅ…。」

「これって…。」

黒と赤の綺麗な椀。大小の大きさが違うその椀。そう、俗にいう…。

「せや!夫婦茶碗や!」

「だって、私達は…。」

そう、その日暮らしで先のことを考えないと決めていた。先のことは分からない身の上だから。そう、いつ死ぬか分からないのだから。

「そうや。だから自分なりにケジメをつけよう思たんや。」

「ケジメ?」

「今日はワシと名前が出逢って二年やろ。」

覚えてたんだ。ポロポロと涙が零れ落ちる。あぁ、泣くことないやないかと言いながら五郎さんは私を抱き留める。首筋にそっと顔を寄せると五郎さんの熱を感じる。急いで、取りにいったんだということが分かって更に涙が溢れて零れ落ちる。

「このままこうしててもええけど、そろそろええか?」

「はい。」

私をじっと見て五郎さんは一言告げる。

「名前、一緒になってくれるか?」

「はい。」

ようやく笑顔を作れるようになった私は精一杯の笑顔を向けて返事を。五郎さんはよっしゃ!と両拳を天に突き上げている。その様がまた可愛らしくて愛おしい。

「早速今日から使うで!」

「はい。」

渡された茶碗を抱えて私は台所に。五郎さんと横に並び、静かな夕餉。でも、いつもと違う。それはきっと、新たな門出を迎えるからだろう。吾郎さんがくれた茶碗は私の手に馴染んで、五郎さんの茶碗も大きな手にすっぽりと収まっていた。

変化がないということは良いことだ。でも、時にこういった変化も必要だ。これからも何か大きなことが起きるかもしれない。でも、きっと乗り越えていけるような気がしていた。この人の隣で妻として生きていけるのだから。




「名前、片付け終わったか?」

「あと少しです。」

「五郎さん、まだお湯は温かいので先にどうぞ。」

「言うたやろ!」

「えっ…?」

そう言われて思い起こす言葉。そういえば、一緒に入ったらええと言っていたような…。私の片付ける横に立って同じように手を動かしている。私の仕事なので五郎さんは休んでいてくださいといっても譲らない。イヒヒと笑いながら、早よ、一緒に入らんとあかんからなぁと言っている。

「風呂に入るだけですからね!」

「それだけで済むと思たらあかんで!」

やはり…。今日は夫婦としての始まり。いつもよりも激しい夜になるのも当然か。まぁ、それでもいい。だって、今日から私はこの人の妻なのだから。綺麗に並んだ二つの茶碗を見ながらふとそんな事を。


***


先日の個人的なお祝いと、もうすぐ2周年記念!のお祝いに、いつもお世話になっている『Endorphin』のmame様からステキなステキなお話をいただきました。本当にありがとうございます!

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