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▼ one year ago today.

神室町のとある喫茶店に彼を呼び出した。
その場所に相応しくないであろう彼は、店員や客から痛くなるような視線を浴びているがもちろん気にしていないし、ギラギラした服やオーラが彼らしくて好きだ。

「こないな時間に名前ちゃんから呼び出されるとは思ってもみんかったわ」

彼は運ばれてきたアイスコーヒーの氷をストローでくるくる回しながら「んで、なんや?」といつもの口調とは違う、少し低めの声でそう切り出した。

「ちょっと、真島さんの顔が見たくなって」
「そないあからさまなウソに俺が引っかかるとでも思っとるんか」
「……わかりました?」
「当り前やろ。俺を騙そうなんて十年、いや、百年早いわ」

ヒヒヒ、と彼はいつものように笑ってアイスコーヒーをゴクリと音を立てて一口飲んだ。
余裕があるように見えるけど、本当は私が何を言い出すのかと思っているに違いない。

「真島さん、一年って長いと思いますか?」
「はぁ? なんやいきなり」
「どう思います?」
「そうやなぁ……」

私の問いかけに腕を組み、目を閉じてじっくりと何かを考えている。
ちょうど彼と出会ったのは一年前。覚えているだろうか?
その出会いから、まさかヤクザとこうして飲食店で一緒に飲み食いしたり、ボウリングやバッティングセンターで汗をかくことになるなんて、人生とは何が起るかわからない。

「時間の流れっちゅうのは人それぞれなんとちゃうか?」
「ホント、まともなこと言いますよね。……ヤクザなのに」
「名前ちゃんはまたそないなこと言うんか!」

身を乗り出して伸ばされた長い腕を振り払うことはせず、黒い皮手袋の指先に額を突かせた。
そうされるのが嬉しいし、彼も楽しそうだから。
最初こそ若干意識したものの、私は『ヤクザ』と時間を共有しているつもりはなく、人として、真島吾朗としての彼と時間を共有している。
そのことが彼にも伝わっているから、私の言葉が冗談であることを理解して茶化してくれる。

「それで、真島さんにとって一年は長いんですか? 短いんですか?」
「せやなぁ……年単位で見ると短いわな。けど、時間で見ると長いやんか……んー、なんや考えんの面倒になってきたわ」

結局どちらなのかわからず私が笑みを漏らすと、彼が「けどなぁ」と続けた。

「今はめっちゃ短いで」
「どうしてですか?」
「名前ちゃんとおるからや」
「?」
「名前ちゃんとおる時だけはめっちゃ短く感じんねん。なんでやろなぁ〜」

ごくり、ごくり。
アイスコーヒーを飲み干す音が聞こえた。
含みのある言い方と声色に薄っすらと彼の心の中が覗き見えた気がして鼓動が速くなる。

「……俺をここに呼び出した理由はなんや? 名前ちゃん」

ことり、とテーブルにグラスが置かれ、中に入っていた氷が音を立てた。
グラスから彼に視線を移すと、真剣な表情でひとつの目が私を見つめている。

「実は今日で一年なんです。真島さんと出会って」
「ほう。せやからさっきの質問したんか」
「そうです。それで、私……決めてたことがあって」
「なんや?」
「真島さんと出会ってから一年、毎日真島さんのことを考えてたら好きだって言おうと思って。だから……好きです」

じっと見つめていたひとつの目は、一瞬大きく見開かれ、そして細められた。
彼は何も言わず、何かを考えているような仕草をしながら空になったグラスに手を伸ばし、中に入っている氷を頬張ってバリバリと大きな音を立てて噛み砕いている。
妙な間が苦しくて「真島さん?」と名前を呼ぶと、彼の喉仏が大きく動いて砕けた氷が飲み込まれた。

「どないしようかなと思て」

さりげなく『俺とこないに出歩いとったら目ぇ付けられるで』と言われたことがある。
彼は私とは違い、あくまでもヤクザとしての自分を意識して私との時間を過ごしていたんだろう。
好きですなんて言わないほうが、線引きされていたとしても今までみたいに笑顔で話せたかもしれない。
今ならまだいつもの冗談で通じるかもしれない。
涙を堪えて「また騙されました?」と言おうとした時――

「勘違いしてへん?」
「……え?」
「この後……名前ちゃんをどないしようかと思てるんや」

女の子のようにテーブルに頬杖をついた彼が、私の顔を見ながらニヤニヤしている。

「一年分の気持ちを『好き』の一言で俺は収められんわ。せやから……態度で示したる」

彼は上機嫌な様子で私の手を取ると、素早く会計を済ませて店を出た。
驚いて彼のほうを見ると視線が合い、無言のまま手をギュッと握られる。
向かっているのはホテル街で、「好きです」に対する答えがそこにあるのだろうと私は彼に身を寄せた。

「私も……言い足りないですから」

負けじと彼の手を握り返すと「それは楽しみやなぁ」とお返しとばかりにさらに強く手を握られた。
この握られた手を、離すことはない。




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mame様が『ゴロちゃん書き始めて1周年!』ということで、お祝いに書かせていただきました。mame様のサイトへはコチラから遊びに行けます!

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