thx & for... | ナノ


▼ 重なる偶々

そう、偶々。
全てが偶然重なっただけ。

例えばいつもの様に朝を迎えたのに今日に限って定期を忘れたり、いつもの様に仕事をしていたのに普段は絶対しないミスをしたり、朝は晴れていたのに急に私が帰る時に雨が降ったり。
そう、偶々。

それでも、最後の偶々は偶々で済ませたくなかった。
私の見知った人が肩を寄せて傘に入っている。
時々耳元で話しているその親密な様子。
言われなくてもどういう関係なのかわかってしまった。
私は一人、雨のシャワーを被りながら帰宅の途へ。
この雨が全て流してくれる、そんな気がしていた。

そんな偶々の最後のツケがこれ。
外は昨日の雨が止んで綺麗な青空。
昨日はあのままシャワーを軽く浴びでそのまま寝た。
何も考えたくなかったからだ。
薄着だったせいか長く雨に打たれたせいか、身体が重くて熱い。
熱を測りたいが体温計もない。そして動きたなくない。頭が割れるように痛む。
這いずるようにして何とか冷蔵庫から水を取って渇きを潤す。そして常備薬の中からひとつ解熱剤をとって水で流し込む。もう一眠りすればきっと大丈夫。痛みは全て消える。
そう思いながら瞼を閉じた。

私と真島さんの関係?
それは分からない。
そう、あの時も偶々だった。
居合わせたバーで1人飲んでいたら横にいたのが真島さんで話しかけられたのがきっかけだった。面白い人だなぁとそんな風に興味をもってそれから何度か食事をする関係に。その時には私の気持ちは好きに変わっていた。けれど真島さんの対応は初めて会った時から変わらない。付かず離れずといった所。私が少し何か一歩進めばこの関係は変わるのかもしれないが、そんな勇気は毛頭なく、いつも終電前に帰されるか終電がなくなれば車を寄越して送ってくれる。要は脈無しといった所だ。

そんな吹けば消えてしまうような関係ならばいっそ諦めてしまえばいいのにと何度も思った。それでも真島さんからの誘いを受ければホイホイと行ってしまう自分。そんな自分に嫌気を感じながらこの関係に甘んじていた。
昨夜みた光景はきっと私に長い片思いを諦めなさいと言われているようだった。真島さんの肩に手を寄せて微笑んでいる妖艶な女性。まさにヤクザの真島さんにぴったりの女性だった。この横にいるのが私だったら?うん、きっと似合わない。戦う前から負けが見えていた。だからこそ、そっと色んな想いを雨に流した。

◆◇◆

どれぐらい寝たのだろうか?
寝汗の気持ち悪さに思わず目を覚ますとさっきまで青空だった空が夕暮れに。
薬を飲んだせいかまだふわふわとした浮遊感を感じるがだいぶましになった気がする。
そして手元の携帯を見て見ると、着信のランプがぴかぴかと。開けてみるとそれは真島さんからで今日空いてるか?といつも通りシンプルな文面。いつもだったら喜んですぐに返していた私。勿論、今の自分の体調を顧みて無理なのは当然。無理です…と打った所で着信が鳴って反射的に取る。

「名前チャン、メールしたのに全然返ってこうへんから心配して電話してみたで。」

「あっ…すみません。ちょっと、寝てました…。」

「そうか。そんならええんや。今日は無理そうか?」

「…そうですね。ごめんなさい…。」

「そうか。残念やのぅ…。名前チャン、ひょっとして具合悪いんとちゃうんか?」

一瞬どう答えるべきか悩むが、違いますよと言って何かまだ言っている真島さんの声を無視して電話を切る。心配してくれたのは嬉しいけれど…。昨日の映像がまだ自分の中では受け止めきれなくて今は絶対に会いたくない。会ったらきっと嫌な女になってしまう自分がいるからだ。残っていた水を飲み干して再び私はベッドにもぐりこむ。携帯の電源も切って。
今はとにかく寝て、寝て、寝て、現実を忘れたい。
全て忘れられたら幸せなのに…。
そう思っても忘れたくないと思っている自分。
いつも自分はこんな風に中途半端だ。

◆◇◆

ガンガンガンガン…。
再び眼を覚ました…というか起こされたような感じになったのは外からの音。
その音はドアからしていて無視しようと思っていても鳴りやまない。
恐る恐るドアスコープを覗くとそこには…。

なんでいるの?真島さん。

会いたくないなぁ。
髪もボサボサ、可愛くない部屋着で汗を吸って臭うはず。
それでもガンガンとドアの音は止まない。
さすがに大きな音なので近所に迷惑が掛かってしまう。

「真島さん…ですか?」

とりあえずドア越しに声をかけてみる。
ピタリと音が止まり、いつものように名前チャン、大丈夫か?と声が。
大丈夫ですと答えてそのまま沈黙。開ければいいのに、いつも私はそうだ。このドア1枚分くらいの距離が真島さんとの間にある。

コツコツと靴音がして真島さんが歩く音がする。
そう、いつものことだ。
会って話して別れる時のような。
本当はもう少し話しませんか?帰りたくないですと言えばいいのに。
ここで言わなければ一生後悔するよと自分自身に言い聞かせる。

「真島さん…待ってください。」

ドアを開けて去って行く背中に語り掛ける。

「やっぱり、具合ようなかったんやなぁ。」

真島さんは私の顔をみてそう告げる。
優しいなぁ、この人はやっぱり。
この人の笑顔を見るといつも私は何も考えることができなくなってしまう。このまま流されてぬるま湯でいいやと思ってしまう。それくらい好きなんだ。

◆◇◆

「寝てんでええんか?」

「薬飲んで昼間は寝てたんでだいぶましになりました。」

そうか…と言いながら真島さんの持ってきてくれたリンゴを切ってお皿に。私は一切れ齧る。しゃりしゃりとした食感と口の中に甘みが広がる。そしてふと思う。なんか今日の真島さんはちょっと変だなぁとそんな事を。いつもは私が話す前に何か話を振ってくれてそこから会話が広がるのだが、今日の真島さんは静かだ。もしかして苛々しているのかなぁ。サイドテーブルに置かれた指がトントンとリズムを打っている。

「真島さん、煙草吸いますか?」

「いや…大丈夫やで…。」

チェーンスモーカーの真島さんのことだからきっとニコチンが切れたのかもしれない。そう思って灰皿かわりになるようなものをごそごそと探す。そんな姿を見た真島さんはほんまに気ぃ使わんでええでと言っている。ちょうどいい空き缶があったと思い、そこに水を入れて…。

ブシュッと勢いよく水が飛び出して思わず声をあげる。
真島さんは何やってんねんと言いながら近くに置いてあったタオルを持って拭いてくれる。
そしてふと真島さんの動きが止まる。

「どうしたんですか?」

真島さんは深い溜息をついて透けてると一言。

「透けてる?」

せやからその…とちょっと言いにくそうに視線が胸元に。思わず声にならない声が出て、動揺して私は足元の何かに引っかかって転びそうに…。

「わざとやっとるんか?」

「……違います…。」

これも偶々だ。
そう、転ばないように抱えてくれる真島さん。
ちょうどそれは私が真島さんに迫っているような感じになっている。
顔が紅くなって動けない。すぐに立ち上がらないと。
そんな風に思って起こそうと思うが、起こせない。

「名前チャン、それはあかんわ。」

一言そう言って私の次の言葉は出ない。
真島さんの口づけによって全てが塞がれていた。

Next→



[ ←back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -