いろんな人の部屋 | ナノ


▼ 嘘に優しさを

酷く落ち込むことがあって慰めてもらいたかった。

「すいません、杉浦さんいますか?」

横浜九十九課。以前、下着泥棒の被害に遭っていた時に相談した探偵事務所。
どんな人が探偵をやっているのかと思ったら、オタクオーラが全面に出ている九十九さんと、アイドル級の爽やかイケメン杉浦さん。
すっかり杉浦さんに一目惚れしてしまった私は、九十九課の近くにあるコンビニでよく買い物をするようになった。もちろん杉浦さんに会うためだ。杉浦さんは忙しいから会えたり会えなかったり。会えた日はその日の嫌な出来事なんて一瞬で吹き飛ぶくらいに舞い上がった。

『また何かあったらいつでも来てよ。別に何も無くても息抜きにさ』

その言葉に甘えて九十九課を訪れたら、杉浦さんは不在で九十九さんが出迎えてくれた。

「みょうじさん、久しぶりですねぇ。お元気でしたか? さぁ、中へ」

杉浦さんが居ないなら帰ります、だなんてとても言えず、素直に中に入ってソファに座った。

「また何かあったのですね?」
「は、はい。まぁ……」
「落ち込んだ顔をされています」
「わかるんですか?」
「前回の件でもそのようなお顔を。あ、少しお待ちくだされ」

九十九さんはミニキッチンに向かい、ティーポットに茶葉を入れてお湯を注いでいる。事務所内に良い香りが広がって、それを白いティーカップに注いで私の所へ。

「カモミールのハーブティーです。ストレスを和らげて心を穏やかにする静穏作用があります。お嫌いでなければどうぞ」
「あ……、ありがとうございます」
「まずはこれを飲んでリラックスしてください。お話はあなたの気持ちが落ち着いてからで構いませんから」

やめてよ、九十九さん。そんなこと言うの。

ハーブティーを喉を潤す程度にこくりと一口。カモミールの優しい味と香りに罪悪感が込み上げる。
杉浦さんから優しい言葉を掛けられたいからここに来たのに。正直、九十九さんしかいなくてガッカリしちゃったのに。
九十九さんは私が話し始めるまで待ってくれている。落ち込むことがあったのは本当だ。私がティーカップを置いて少しずつそのことを話し始めると、九十九さんはうんうんと頷きながら聞いてくれる。

「それは酷い話ですなぁ。さぞかしあなたは傷ついたでしょう」
「私が間違ってたんでしょうか?」
「いいえ、あなたは間違えてなどいません。正しいことをしたのですから、負い目を感じる必要などありませんぞ!」

九十九さんが怒っている。まるで私の目でそれを見ていたかのように。自分に起こった出来事のように。

ごめんなさい、九十九さん。
下心を持って、大した内容の話でもないのにここに来てしまった。それを知らない九十九さんはとにかく真剣に、優しく私を励ましてくれる。

「ごめんなさい……」
「どうしたのです? あなたが謝ることなんて何もありません!」
「わた、し」

じわり、と涙が浮かんでそこからポロポロと雫が落ちる。
九十九さんは慌てて「こんなにあなたを傷つけるなんて許せませんぞ!」とさらに怒っている。

違う、違うんです、九十九さん。

私の愚かな欲のために散々振り回してしまった。これが杉浦さんに会うための口実だと知ったら、九十九さんはどんな顔をするだろう。

「……きっとこんな時、杉浦氏だったらあなたを慰められるでしょう。しかしボクはこの手のことに慣れていませんから、正直どうしたら良いのかわかりません」
「九十九、さん」
「せっかく来てくださったのに、ボクしか居らず申し訳ありません」
「そんな……」

すっかり冷めてしまいましたね、と紅茶を淹れ直すために立ち上がった九十九さんの手を咄嗟に掴んだ。驚いた顔で固まる九十九さんと目が合う。

「私、本当は──」
「あなたが九十九課を頼りにしてくださったこと、感謝しますぞ」
「え……?」
「どんな形であれ、依頼者の問題が解決し、心にかかった霧が晴れるのならそれで良いのです。あなたが今日、ここに来た理由が本来の目的と違っていたとしても、ほんの少しでもあなたの傷ついた心を癒せたのなら、それはボクにとって非常に嬉しいことなのです」

声をあげて泣いた。わんわん泣いた。
九十九さんは上げた腰を再びソファに戻し、何も言わずに私が泣き止むまでそっと手を握ってくれていた。





それから私は時折横浜九十九課に顔を出すようになった。あのコンビニで差し入れを買って。

「九十九さん、いますか?」


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