▼ 今夜は朝までパラダイス
「あ、お姉ちゃん! こっちー!」
仕事帰りに入った一本の電話。
心身ともに疲れ果て、タクシーの窓から流れるネオン街を見て涙ぐんでいる時だった。運転手さんに引き返してもらい指定された店へ。
中に入ると遥ちゃんが手招きをして、早く早くとはしゃいでいる。
バーに女の子がいるのはどうなんだ? とも思うがここは東城会のシマなので、まぁいいかと席に向かう。
すでに何杯目なのかわからないお酒を飲んでいる男3人も私に向かって手を上げた。
「なまえ〜! 待っとったで〜!」
真島さんが私の為に空けていた隣の椅子をポンポンと陽気に叩いている。
言われた通りに座るとこめかみにチュッとキスされて、遥ちゃんがキャッと声を上げた。
「相変わらず兄さんとなまえはラブラブなんだな」
「当り前やろ! 俺の女やで!」
「真島のオジさんもあんな顔するんだね」
「あんなってどういう意味や?」
「いつもの怖い顔じゃなくて、こんな風に目じり下がってた」
「なんやてぇ?! 俺はいつもええ男やで」
遥ちゃんが人差し指で両目の端を下げてみせると、真島さんがいつもの調子でプンプンと怒る。
「みょうじさん、何飲みますか?」
「あ、すみません! カシスウーロンにします」
大吾さんが気を遣って私の分のお酒をマスターにオーダーしてくれた。
「どうして今日はこんな感じになったんですか? 東城会の忘年会もあったのに」
「ここにいるのは飲み足りなかったメンバーですね。遥ちゃんは別ですが」
「柏木さんは?」
「若い人だけのほうが楽しいからと。あの人も変な所で気を遣いますからね」
私が極道の世界で生きている人たちとこんな風に交流を持つ日が来るなんて。ましてや自分の恋人がヤクザなんて想像もできなかった。
「なまえ、大吾チャンと何ナイショ話しとるん? 俺も混ぜてぇな」
「どうせ大したこと話してないんだろ? 大吾」
「桐生さん……それは失礼です」
怖い人たちが居る世界だとばかり思っていたけど、今こうして一緒にいる人たちは強い正義感を持っていて、人間味があって、一生懸命生きてる。
仲間を大切にして、信頼の上に成り立っている関係。なんだか羨ましい。
彼らがカタギと呼んでいる私の世界のほうが、差別や裏切りなんかがたくさんあって淀んでいる世界だ。
今日、私が遅い時間まで仕事をしていたのは、その淀んだ人間たちに呑みこまれたからなのだが……。
「なまえお姉ちゃん? どうしたの?」
嫌なことを思い出して涙ぐんでいたのを、遥ちゃんが心配して声を掛けてくれた。
桐生さんと大吾さんは何があったのか話してみろと身を乗り出してくれているし、真島さんはなまえもいろいろ大変なんやと頭を撫でてくれている。
この人たちはいつも真剣で、嘘を言えばその言葉は偽物だと見破ってくれるし、共感とか同情を求めたりしない。
これを言ったら嫌われちゃうんじゃないかとか、そんなことはこれっぽっちも考えていない。
すべては本心、すべては本音。
私は浮かんでいた涙をなんとか引っ込めて、一人一人の顔を見て微笑んだ。
「私、皆さんに会えて良かった! 今日はたくさん飲みましょ!」
運ばれてきたカシスウーロンを受け取り、大きな声で乾杯! と唱えた。
「真島さん、電話ありがとうございました」
「来て良かったやろ?」
「はい、とても」
「酔ったら俺が介抱するから安心せぇ」
「あ、真島のオジさん、悪い顔した!」
「遥ちゃんはいっつも俺の顔見とるなぁ。さては……俺に惚れたんか?」
「兄さん、それは絶対ない」
「なんや桐生チャン、喧嘩売っとるんか?」
「まぁまぁ、二人とも」
この人たちと一緒にいると、なんだか無敵な気がする。
今年もありがとう。来年もよろしく。
そんな気持ちを込めて、カシスウーロンを一気飲みした。