Story from music | ナノ


▼ 繋いだ手の向こうにエンドライン、グッバイ

「なまえちゃん、ここまで来たで。よう頑張ったな」
「…………」

隔離エリアで襲われていたところを助けた女。ゾンビ化した警察官の銃を奪って一人で戦っていた。
放置することもできず出会ってから3日間、四六時中ずっと行動を共にしてきた。危ない場面を何度も助けてやったし、俺が助けられることもあった。お互い背中を守る存在になっていて、お互い心を惹かれていることに気づいている。しかし、彼女の手を引く左腕がズキズキと疼き、徐々に充血してきている瞳が人間ではなくなる事実を知らしめている。
なんとかゾンビの群れの中から逃げ出し、安全なエリアに入れる扉の近くまでやってきたところでなまえの足が止まった。

「ほら、早よせんとまたあいつらに追いつかれるで」
「……やっぱり、真島さんも一緒に――」
「何度も話したやろ……噛まれたんや。いつどうなるかわからんのやで。ゾンビにならんでここまでなまえちゃん連れて来られた自分を褒めてやりたいわ」

ヒヒヒといつものように調子よく笑ったのに、真剣な顔でなまえに繋いでいる手をギュッと強く握られると、離そうと思っていたのに離せなくなる。

「私もゾンビにしてほしい」
「いきなり何言うとるんや」
「真島さんと、一緒に、いたい」
「っ……、泣くなや」

俺だって、一緒にいたい。でも……俺は俺でなくなってしまうんだから。
皮手袋を外し、彼女の身体を抱き寄せてそっと髪を撫でる。柔らかくてサラサラした髪の感触。この甘美な感触すら俺は忘れてしまうのか。
これからずっと、毎日彼女を抱き締められたらよかったのに。俺のものにできたらよかったのに。

「こんなことになる前に、真島さんと会えてたら……」
「出会えんで。こうならへんかったとしても、なまえちゃんは俺には会えん」
「……どうして?」
「俺はヤクザや、なまえちゃんとは生きとる世界が違う。せやから、逆にこないなことになって俺はなまえちゃんに会えたんや。……こないに強くて優しい、ベッピンななまえちゃんに……」

壁の向こうに行ってしまったら、もう二度と会うことはない、もう二度と会えない。
そのことをお互いに理解しているから、接着剤でくっついたかのように抱き締める腕を解くことが出来ない。

「真島さん……」
「3日間、幸せやった。なまえちゃんに出会わんかったら、ただ大量のゾンビを撃ち殺しとるだけやった。めっちゃ楽しかったで」

最後に出会えた女がなまえちゃんでよかった。
そう言って可愛らしい額に口付けた。もうすぐ俺は化け物になるんだから、これくらい許してくれよ、神様。

「これからなまえちゃんが俺の分まで幸せな人生を歩めるように……おまじない、しといたで」
「まじ、まさん」
「さ、もう行き。一緒に扉まで行ったるから」

何度も左腕の疼きが治まらないかと無駄な期待をしてみたが、現実は残酷だ。
身体を離して再び彼女の手を握る。次にこの手を離す時は何もかも終わらせる時。一歩ずつ扉に近づく足は重い。でも確実にその時は近づく。

「この子、中に入れたって」
「あなたは?」
「俺はやらなあかんことがあんねん」

自衛官に扉を開けてもらい、足が止まったなまえの背中を強く押し込んだ。

「真島さんっ!」

驚いて大きく見開かれたなまえの瞳から大粒の涙がとめどなく流れている。
扉の中と外、お互いギリギリのところに立って見つめ合っていると、泣き顔だったなまえが涙を流しながら思い切り笑った。唇は震え、両手は強く握られているのに、必死に俺の為に笑ってくれている。

「真島さん、ありがと……ありがとう!」
「なまえちゃん……」
「私、真島さんが生きたかった未来を一生懸命生きます! 死ぬまで真島さんを忘れない、死ぬまで真島さんが大好きです!」
「なまえ!」

感情を抑えきれず、閉じかけた扉の隙間に手をねじ込んで、なまえの手を握った。小さくて、温かくて、柔らかい。そして俺を見つめる彼女は……

「きれいやで……なまえ」
「真島さんっ」

指先にキスをして手を離し、扉が完全に閉まるギリギリのところで今まで叫んだことのないような大声で区切りをつける。

「なまえ、じゃあな! 俺の為におまえの人生、生き抜いてくれやぁ!」

重々しい音が辺りに響き、扉は閉められた。
手の中にある僅かな温もりを握り締めて、荒廃した街中へと向かう。
俺が俺でなくなるまで、何度もなまえのことを想いながら。


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