Story from music | ナノ


▼ 行き先は、君との未来。

窓ガラスが割れたところから月の光が差し込み、荒れたビルの室内を薄っすらと照らしている。
神室町はネオンで輝きに溢れ、賑やかで、胸躍る街だと思っていた。
実際は、煙や砂埃で覆われ薄暗く、あちこちから呻き声や悲鳴が聞こえる荒廃した街。
私が神室町に来てから数時間後、ここはゾンビウィルスに侵された人たちが徘徊する街と化してしまった。

「なまえちゃ〜ん、缶詰見つけたでぇ! しかもふわっふわの毛布もあったわ! きっと残業たぁーっぷりのブラック企業やったんやろなぁ」

来たばかりで右も左もわからない私はすぐにゾンビたちに追われる身に。
建物の陰に隠れて動けなくなっていたところを真島さんが助けてくれた。

ヤクザの真島さん。

それしか知らない。他に知っていることがあるとすれば……真島さんはゾンビに腕を噛まれている。だからもしもの時は、と人でなくなった警官から奪ったピストルを渡された。
合流して3日目の夜。まだ真島さんはゾンビになっていない。

「桃の缶詰やて。食べれるか?」
「はい」
「朝になったら賽の河原まで走るで。あそこに行けばもう安心や。今日はしっかり食べて、しっかり休んでおかなあかんで」

毛布と呼ばれたブランケットを二つ折りにして床に敷き、一緒に腰を下ろした。
真島さんは手にしていた缶詰を缶切りで開け、ほれ、と私に差し出す。

「フォークとか箸とか見当たらんかったわ。悪いけど手でそのまま食うてや」
「真島さんは?」
「わしは腹減っとらんからなまえちゃん全部食うてええで」

昨日、スナック菓子を二人で分け合って食べてから何も口にしていない。
絶対真島さんもお腹が空いているはずなのに。
煙草を吸いだした真島さんを横目に、缶の中からカットされた桃を一切れ摘んで口に入れる。噛むとじゅわり、と果肉が果汁になって口の中に広がった。

「美味いか?」
「美味しいです」
「そりゃ良かった」
「……どうして、どうして、こんなことになっちゃったんでしょうかね」

真島さんがブラック企業と言っていたけれど、私が勤めていた会社がまさにそうだった。
毎日同じことの繰り返し、機械のように働いて、他人が起こしたミスに頭を下げて、つまらない上司のギャグやセクハラめいた発言に愛想笑い……。
何やってるんだろうと毎日思っているうちに馬鹿らしくなって、神室町に行けばこの腐敗した自分が新たな自分に生まれ変われるような気がした。
だから私はここに来た。希望しかなかった。それなのに。

「なんや、暗〜い顔して。似合わんで、そないな顔」

むにっ、と頬を結構な力で抓られた。痛い。

「だって……」
「今更考えてもしゃあないやろ。こないな時はな、楽しいこと考えるんや」
「楽しいこと?」
「せや。遅かれ早かれ元の神室町に戻るはずや。元の世界に戻ったら、なまえちゃんは何したいんや?」
「私ですか? うーん……、神室町に来たばかりだから、まずはいろんな所に行ってみたいです」
「そうか。そういや助けた時、来たばかり言うとったもんなぁ」
「真島さんは?」
「わし? わしかぁ……」

してはいけない質問をしてしまった。
真島さんは煙草を銜えたまま、切なく笑って目線を落とした。
その先に血が滲んだ左腕がある。

「……桃、食べません?」

自分に未来がないことを悟っている人に、未来の話をさせるのは残酷だと思った。

「わしはええ。それにこれ取るのも面倒や」

黒の革手袋をした右手を気怠そうに振り、真島さんは短くなった煙草を深く吸ってコンクリートの壁にそれを押し付けた。

本当に真島さんがゾンビになってしまったら……
煙草を吸うことも無くなるんだろうな。
そしたらこの桃の味もわからなくなるのかな。

そう思うとどうしても食べて欲しくて、桃の端っこを摘んで真島さんの口元に。

「食べて欲しい」
「おぉ、なまえちゃんからこないサービスされたら、食べへんわけにはいかんなぁ」

大きな口を開けてパクリ。
指先まで食いつかれ、纏わりついたシロップを舐め取られた。
驚いて固まった私を見て、いつものように真島さんは陽気に笑う。

「指、齧られんで良かったなぁ」
「真島さんは、ゾンビにならないと思います」
「あぁ? なんでや?」
「映画とかで出てくるじゃないですか。実は耐性があってその人だけ助かる、みたいな」
「それがわし言うんか?」
「だって、どうみても真島さんは脇役とか大量に出てくるゾンビの一人じゃなくて、主人公のオーラじゃないですか!」
「フッ、そうか。そりゃ光栄やなぁ」

自分でもどうしてこんなに力説しているのかわからないし、涙ぐんでるのかもわからない。
ただ、真島さんにも未来を。だから……。

「元の世界に戻ったら、真島さん、神室町案内してくれますか?」
「もちろんええで。なまえちゃんが言うとおり、わしがゾンビにならんかったら案内、いや、デートしたる」
「ふふっ、ありがとうございます」
「……なぁ」

こちらに身体を向けた真島さんが私の顔を覗き込む。
充血した眼。
ちっとも怖くない。

「遠い未来の話もええんやけど、10秒後の未来の話もしてええか?」
「10秒後?」
「ゾンビにならんうちに、今すぐなまえちゃんとキスしたいんやけど」

すぐに唇は重なった。それは甘くて切なくて。
好きだなんて言葉は必要なかった。
真島さんが真島さんでいられるように。
ただそれだけを願って、私は真島さんとキスをした。





いつの間にか閉じていた瞼を持ち上げる。

「おはようさん」
「おはようございます」

眠ってしまった私を真島さんはずっと腕に抱いてくれていた。

「朝やで。動けるか?」
「はい」

先に立ち上がった真島さんが大きく伸びをする。
その姿を目に焼き付けたくて、私は涙を堪えて伸ばされた背中を見つめた。

真島さん……。
ゾンビになんてならないで欲しい。
このまま私と一緒にいて欲しい。

「わし、なまえちゃんが言うてたこと、信じるで」

そう言って振り返った真島さんは清々しい表情をしていた。

「東城会直系真島組組長、真島吾朗やで? そう簡単にゾンビになってたまるかいな」
「真島さん……」
「せやから、なまえちゃんも死んだらあかんで!」

ビルを出る前にお互いの電話番号を交換した。
落ち着いたら必ず連絡をすると約束して。

「ほな、行くで」
「はい」

手を繋ぎ、私と真島さんはビルの外へと足を踏み出した。




---イメージ曲:GET TO THE TOP!


◆拍手する◆


[ ←back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -