Story from music | ナノ


▼ 素直な気持ち。

もうすぐ二人で過ごす時間も終了となる。
馴染みの店となったバーのカウンターに並んで座り、俺は彼女がカクテルを飲んでいる横顔を眺めていた。
嬉しそうに口角を上げているところも、髪を掛けた耳も可愛らしい。

「ん? どうしました?」
「なまえはいつも美味そうに飲むなぁ思て」
「美味しいですもん」
「マスター、このサングリア気に入ったらしいで」
「ありがとうございます」

礼を言ったマスターが別の客の許へオーダーを取りに行くと、そうじゃなくて、と顔を寄せた彼女が小声で言った。

「どういう意味や?」
「……好きな人と一緒なら美味しい、っていう意味です」

照れくさそうに言うくせに、彼女の言葉はいつもストレートで何の濁りもない。
今日も待ち合わせの毘沙門橋で落ち合った頃には強い日差しが降り注ぎ、肌が焼けるような暑さだった。
こんな時、日焼けしたくないとかシミができちゃうとか言うのが女だと思っていたが、彼女は「いい天気で良かった。夏らしくて気持ちいいね」と言った。
自然体で飾らない、彼女のそういう部分に惹かれた。

「せやけど昼に食ったカレーは辛かったやろ? 露骨に『辛いですー』って顔しとったもんな」
「だって本当に辛かったですよ! 真島さんは辛くなかったですか?」
「俺はあれくらいがちょうどええな」
「そうですかぁ。でも、美味しかったですよ」
「俺と一緒やったからか?」
「そう!」

柔らかく微笑んだ彼女は、こくりと一口サングリアで喉を潤した。
彼女は素直に喜び、素直に怒り、素直に哀しみ、素直に楽しむ。
だから、こうして嬉しそうにしているのが本当の気持ちなんだとわかってしまうから、もうすぐ帰さなければならない時間なのに離れがたくなる。

「もう少しで日付変わってまうで。そろそろ帰らんと」
「……もう1杯だけダメですか?」
「大丈夫なんか?」
「うん、飲みたいです」

じゃあ1杯だけ、と約束をしてマスターを呼ぶと、彼女はサングリアが入っていたグラスを空にしてアレキサンダーを注文した。

「それ強いやつやろ?」
「大丈夫です。最後に飲みたかったから。真島さんは?」
「俺はこれと同じのでええ」
「かしこまりました」

ブランデーやリキュール、生クリームが入ったシェイカーが上下に振られ、カクテルグラスにそれが注がれるのを彼女はうっとりとした表情で眺めている。
その表情はお姫様みたいで、そんなお姫様を見ている俺の目もきっとうっとりしているのだろう。
大きな氷の入ったもう一つのグラスにウィスキーが注がれ、どうぞ、と注文した酒がそれぞれの前に出される。

「ほな、今日はお疲れさん」
「はい。ありがとうございました」

乾杯、と軽くグラスを合わせて舌を湿らせた。

「なまえは甘いカクテルが好きなんやな」
「そういう気分になりたい時もあります」
「甘い、っちゅうことか?」

静かに頷いて彼女はまた優しく微笑む。
店内の落とした照明と流れるジャズの中にある彼女との甘い雰囲気が心地よい。このままこの時間がずっと続けばいいのにと思いつつ、他愛無い話に夢中になって酒を飲めば、あっという間に互いのグラスにはもう一口分しか残っていなかった。
ああ、これを飲んでしまえば彼女とお別れ。
名残惜しくも俺はグイッとウィスキーを飲んでグラスを空にした。が、彼女はずっとカクテルグラスを眺めている。

「強いからツラなったんやろ? しゃあないなぁ、俺が飲んだるわ」
「あ、ダメッ!」

グラスに伸ばした手を掴まれた。
そのまま彼女はギュッと俺の手を握り、潤んだ目で何かを訴えている。

「嫌なんか?」
「うん」
「ほんなら自分で飲み」
「飲みたくない。飲んだら終わっちゃう」
「?」
「もう少しだけ……、真島さんと一緒にいたい」

紅く染まった頬は恥ずかしさからなのか、それとも酔ったせいなのか。
どちらにしても彼女の真剣な眼差しは、帰りたくない、と懇願していた。

「あっ……」
「甘っ! よくこないな甘い酒飲んどったな」

俺は握られた手をそっと離してカクテルグラスを取り、残っていたアレキサンダーを一気に喉の奥へ流し込んだ。

「飲んじゃった……」

今にも泣きそうな顔をしている彼女の紅い頬を撫でて、正直な言葉を伝える。

「俺も素直になることにしたわ」

彼女の可愛らしい耳に唇を寄せ、アレキサンダーに負けないくらいの甘い声でそっと囁いた。

「なまえ、愛しとる。帰したない」

会計を済ませ、彼女の手を取り、バーを出る。
すでに時間は深夜12時を過ぎたが、彼女の微笑みは今も変わらずここにある。

「ほな、行きましょうか、お姫様」




---イメージ曲:24時間シンデレラ


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