Story from music | ナノ


▼ みんなじゃなくて、二人がいい

カンカン、と音を立てながら目の前の白く細い足を追って金属の階段を上る。
いつもうちの酒屋を贔屓にしてくれている靖子さんが、私が高校を卒業したお祝いにと自宅アパートに招いてくれた。
一緒に暮らしているという冴島さんや冴島さんが兄弟と呼ぶ真島さんがお店に買いに来てくれていたので、みんなとは顔なじみではあるけれどこうしてアパートに招かれるのは初めてだった。

「さ、入って」
「しっ、失礼します」

変な緊張のせいで他人行儀な挨拶をしてしまい、みんなに笑われてしまった。
照れ笑いをしながら改めてお邪魔しますと靴を脱いで中に入る。
たくさん並べられた空の酒瓶、テレビ台にされているプラスチックのビール箱。すべてうちの店で買ってくれたものだ。

「親父さん怒ってへんかったか?」
「怒ってませんよ! お祝いしてもらえるなんてありがたいって喜んでました」
「ほんなら今日はたらふく食うていけや」
「はい!」
「ほな、なまえちゃんの特等席はここや」

真島さんが自分の隣に敷かれた座布団をポンポンと叩いて私を呼んだ。
言われるがままそこに座って真島さんを見ればドキンと胸が大きく鳴った。
いつも父の仕事を手伝っている中で真島さんと話したことは何度もある。初めて会った時に背が高くて、カッコいい人だなと思った。面白いし、冴島さんの所に行く時には必ずお土産を持って行くような優しい人。
私にとって3人は兄や姉みたいなものだと思っていたのに、真島さんだけは違っていた。
お酒を選んでいる仕草や父と話している様子を知らず知らずのうちに目で追っていて、『なまえちゃん』と呼ばれるたびに胸が弾んだ。
これが好きという感情であると気づいてしまったら、もう "好き" が止められなくなってしまった。

「お、ええ匂いやなぁ」
「すき焼きにしたんよ。こういうのは大勢で食べる方が美味しいやろ?」

小さなちゃぶ台の真ん中にカセットコンロとすき焼き鍋。
たくさんの野菜とお肉がぐつぐつと煮えている。きっと私のために奮発してくれたのだと思う。

「さ、まずは乾杯せなあかんな」
「ちょっと真島さん! コソコソしとると思ったらお酒入れてたん? なまえちゃんまだ未成年なんよ!」
「学校卒業したらもう大人の仲間入りやろ。なぁ!」

立ち上がって冷蔵庫からピンク色のアルミ缶を持ってきた真島さんからグラスを手渡され、プシュッと開けられた缶からシュワシュワと音を立てた液体が注がれる。

「なんやそれ、やけに甘ったるい匂いするわ。ジュースやないんか?」
「ちゃうわ。桃味のカクテルっちゅうのが最近流行っとるんや。兄弟、遅れとるで」
「フン、どうせなまえの親父さんから聞いただけやろ」

冴島さんと真島さんのやり取りに靖子さんが笑っている。一緒に笑うけれど、私は手の中にあるグラスに夢中だった。
なみなみと注がれた桃のカクテル、真島さんが注いでくれたカクテル。

「ほな、乾杯するで。……ゴホン、なまえちゃん。高校卒業おめでとう! 乾杯!」

真島さんの声に合わせてお互いのグラスをカチン、と鳴らした。
初めて口にしたお酒は甘くて冴島さんの言う通りジュースみたいだった。
それからは靖子さんのすき焼きに舌鼓を打ちながら、高校生活の話やお店の話なんかをして、みんなでたくさん笑って楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。





ふわふわと浮くような感覚。
空にはぽっかりと丸い月。なんだか月まで飛んでいけそうな気分だ。
話に盛り上がってすっかり遅くなってしまったのと、私がお酒に酔ってしまったのとで真島さんが家まで送ってくれることになった。
帰り際、こっそり靖子さんが「お祝い、真島さんがやろうって言いだしたんよ」と教えてくれた。

「なまえちゃん、顔真っ赤になってしもたな。大丈夫か?」
「大丈夫です。酔うって気持ちいいんですね!」
「せやろ? けど、少し調子に乗って飲ませ過ぎてしもたな。このままなまえちゃん帰したら親父さんに怒られてまうわ。そこの公園で少し酔い覚ましていこか」

もうすぐ家についてしまうと思っていた私は、まだ真島さんといられることが嬉しくて大きく頷いた。
公園の入口近くにあった自販機から真島さんがサイダーを買ってくれて、一緒にベンチに座り早速それを一口飲んだ。
桃のお酒がシュワシュワしていたから、今飲んでいるのがお酒なのかジュースなのかわからない。
それに加えて隣に座る真島さんの横顔を見たら、なんだかさらに酔ってしまいそうな感覚になってしまう。
こうして2人の時間を過ごすのは初めてだった。いつも父がいて、冴島さんと靖子さんがいた。

ようやく真島さんと2人きり。
今なら言える気がする。

そう思って真島さんの横顔を見つめていると、視線に気づいた真島さんが私を見た。

「ん? どないした?」
「あの……、今日はありがとうございました」
「お礼なんかいらんわ。学校を卒業するっちゅうのはめでたいことやろ? 俺はまともに学校なんか行っとらんから、最後までしっかり勉強して卒業したなまえちゃんはホンマにエラいで」

よう頑張ったな、と向けられた優しい微笑みは初めて見る表情で、胸が震えて思わずポロリと言葉が零れた。

「好きです」
「な、なんや」
「ずっと、真島さん……好きだったんです」
「あ……、あぁっ?! なまえちゃん、かなり酔ってしもたんやないか?」

参ったなと誤魔化すように笑う真島さんの腕を掴み、驚いて見開かれた目をさらに見つめた。

「本当なんです、真島さん」
「お、俺なんかあかんて! 同級生とか、なまえちゃんにはもっとふさわしい男がおるやろ」
「今日、大人の仲間入りしました」
「せ、せやけど」
「大人にしたのは……真島さんです」

本当に酔ってるんだと思う。
でも酔わせたのは真島さんだ。
ゆっくり口を開いた真島さんは、掴んでいる私の手をそのまま掴んで引き寄せた。

「そんな顔されて、そんなこと言われたら、我慢できるはずないだろ」

独り言のように呟かれた言葉が私の耳に届いてすぐ、顎が勝手に上を向いて唇に優しい温もりが触れた。
丸い月が真島さんの髪に見え隠れしている。
真島さんに顎を持ち上げられてキスされていると理解するまでに少し時間が掛かった。
しばらくして名残惜しそうに離れていった唇は、しっとりと濡れていた。

「ずっとな……なまえちゃんと二人きりになりたかった。好きだったんだ、俺も」

いつもと違う話し方、いつもと違う声。
それでも目の前にいるのは大好きな真島さん。

「もう少し、一緒にいてもいいですか?」
「ああ」

ギュッと繋がれた手はとても温かくて、あまりの心地よさにそっと真島さんの肩に頭を預けて目を閉じた。
頭も心も、真島さん一色だ。




---イメージ曲:乙女色mylife


◆拍手する◆


[ ←back ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -