Story from music | ナノ


▼ すべてはあなたの為

「っ! おい、車停めろや!」

急ブレーキに身体がつんのめる。
人混みの中に彼女の影を見た気がして、つい車を停車させてしまった。彼女を見つけたところで何の意味もないのに。

「なまえさん、ですか?」
「……ちゃうわ。もう出してええ」
「親父……、本当に良かったんですか? 姐さん追わなくて良かったんですか?」
「なまえやない言うとるやろ。お前、親に喧嘩売っとるんか?」
「ち、違います! 決してそんなことは……。ただ……」
「なんや?」
「姐さん手放してから、親父、落ち込んでる気がして」

馬鹿か。
落ち込んでるなんてものじゃない。地獄だ。
毎晩なまえの夢を見るし、街を歩いていてもなまえとの思い出がよみがえる。
やっぱり俺は、女を幸せにする資格がない男なのだ。

「……ここで停めろや」
「でも、親父」
「俺が降ろせ言うとるんや! 黙って言うこと聞けやボケがっ!」

結局あの影は幻だったのだろう。そう思っているのに未だ右目は必死にその幻を追っている。
車を降りて神室町を闊歩すれば、大抵の人間は目を逸らして遠退いていく。
でも、なまえは違った。
敵対していた組の連中を殲滅させた日、血を垂れ流しながら歩いていた俺に手を差し伸べてくれたのがなまえだった。

『大丈夫ですか?!』
『ネェちゃん、ヤクザに声掛けてくるとは物好きやのぅ』
『そんなこと言ってる場合じゃないです! 止血しないと!』
『優しいんやな……、助か、る、わ……』

その後、意識が戻ったのは病院のベッドの上だった。
名前だけでも聞いておけばよかったと思っていたら、なまえが病室に入ってきた。

『あっ! 意識が戻ったんですね!』
『なんで、ここに……』
『あなたの意識が戻らなくて誰にも連絡できなかったんです。意識が戻らない人を一人置いて帰れません』
『ほんなら、ずっとここにおったんか?』
『はい』
『そりゃ……すまんかったな。俺は、真島吾朗や』
『真島吾朗さん、ですね。私はみょうじなまえです。すぐ看護士さん呼んできますから待っててください』

あの柔らかで美しい笑顔を今でも覚えている。
それからなまえと深い仲になるまでに時間はかからなかった。
本当にいい女だった。だから俺はいい気になって、ワガママになって、たくさん彼女を傷つけてしまった。それでもなまえは優しいから大丈夫だよと許してくれる。
その優しさに苦しくなって一方的に俺から別れた。なまえは一言、「わかったよ」と言って俺の許から離れて行った。それも彼女の優しさだった。

「この花……」

ふと道端に咲いている花に目を引かれ足を止めた。

『真島さん、見てください』
『お、キレイやなぁ』
『神室町ってたまに息苦しくなっちゃうけど、こういうお花が咲いてくれてるとなんだかホッとしますね』
『なまえらしいな』
『そうですか?』
『お前がそう言うと、ホンマに花見とるだけでそないな気になるわ』

またこのお花、見に来ましょうね。
そう言っていたのに俺の隣になまえはもういない。
神室町のどこを歩いても記憶の中になまえがいて、忘れようにも忘れられない。

「真島組の組長たるお方が花を嗜む趣味をお持ちとは知りませんでしたなぁ」
「あぁ?」

背後から声を掛けられ、振り向けば黒いスーツの男たちが俺を取り囲む。
どうやら感傷に浸りながら歩いていたせいで、気づかないうちに付けられていたようだ。

「以前、うちの兄弟が真島さんに世話になりまして」

ブチッと毟り取られた花が地面に落ちて、下品な革靴に踏みにじられた。

「兄弟の仇、今ここで取らせてもらいます」
「ほぅ、ちょうどええ。ワシもなぁ、今むしゃくしゃしとったんや。ええ気分転換になりそうや」

ドスを取り出し、いつものように無我夢中で暴れた。
俺が負けるはずがない。ただ、さすがに20人相手では無傷ではいられない。最後の一人を潰した時には血まみれになっていた。
あの日のように、血を流しながら街を歩く。
ヤクザの俺に手を差し伸べる人間はいない。

「なまえ……」

お前だけだった。
俺にはお前だけ――





目を覚ますとそこは見たことのある部屋だった。
白い壁、パイプのベッド、手に繋がれた点滴。
すぐに病院だとわかった。
どうやら道路で大の字に倒れていたところを運ばれたようだった。
生き延びてしまったのかと天井をぼんやり眺めているとドアが開く音がした。

「ぅ……、あぁ、看護士さん、俺のジャケットどこに……っ!」

タバコを吸おうとそんなことを言いながら痛む身体を起こして息が止まった。

「真島さん! 意識、戻ったんですね」
「なまえ……、どうして、ここに……」

あの日に戻ったのかと思った。
でもお互いに名前を知っていて、何よりなまえが泣きながら抱き着いてきたのでそうではないと実感した。

「良かった。真島組の方が連絡をくれたんです」
「チッ……余計な事しおって。なまえ、ここはお前の来る所やない。帰ってくれ」

身体を突き放してそう伝えた。
なまえは悲しそうな顔をしたが、それでも無理に微笑んで俺の手を強く握った。

「帰れるわけないじゃないですか」
「お前のそういうところが嫌いなんや」
「……っ」
「なんでお前はそないに優しいねん! 優し過ぎんねん! せやから俺はお前の優しさに付け込んで、甘えて、最低な男になってまう。お前を傷つけてまう。俺はお前を幸せにできん男や」
「真島さん……」
「……もう、行ってくれ。もう二度と俺の前に現れんでくれ」

抑揚のない、恐ろしく冷酷な声が出た。
それなのになまえは再度俺の身体を強く抱き締めて、額に優しく口付けた。

「どういうつもりや……」
「真島さんも、優しいですね」
「な、にを……言うとるんや、お前」
「俺はお前を幸せにできない。だから別れる。そういうことでしょ?」
「……わかっとるならさっさと――」
「クイズです。私の幸せって何でしょう?」

なまえは今にも零れ落ちそうなくらいの涙を目に溜めて、嬉しそうに微笑んでいる。

「そんなもん、俺にわかるはずないやろ」
「うん、正解。何が幸せかなんてその人にしかわからないの」
「…………」
「真島さんが幸せになるようにと私を突き放したところで、それは私にとって悲しいことでしかないの」
「せやけど、俺は……」
「私は真島さんの為に泣いて、真島さんの為に笑いたいの。真島さんが傍にいてくれないと……困る」

ポロリと大粒の涙が一粒零れた。
この涙は今、俺の為に流された涙だ。
勝手に手が動いてなまえの頭を撫で、頬を撫でた。なまえが泣くと当たり前のようにそうしていたから、止めようにも止められなかった。
額と額をくっつけると、久しぶりに感じるなまえの体温と香りに心から癒されていくのが分かる。

「なまえ、俺……」
「たくさん甘えて。たくさん傷つけて。だって私も真島さんに甘えるし傷つけちゃう。そんなの同じだよ。素直な気持ちをぶつけていいんだよ」
「本当にいいのか?」
「真島さんがいい。それに私じゃないと、ダメでしょ?」

もう、我慢しない。
もう、譲らない。
もう、離さない。

返事の代わりになまえに深く口付けた。




---イメージ曲:幸せならいいや


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