▼ 繋いだ手を離したくない
何度目だろう、こうして手を繋いでもらうのは。
私からねだることもあれば、強引にそうされることもあるし、自然とそうなることもある。
大きな手に引かれながら、今度は何処に行きたいとか何をしたいとか、どうでもいい話が幸せでたまらない。
そんな幸せの途中で、煌々と輝く赤になったばかりの信号機に足を止める。
この信号を渡って5分もすれば家についてしまう。
もっとこの幸せな時間が続けばいいのに。
この信号が永遠に赤から変わらなければいいのに。
幸せなはずなのに、ここに来る度に彼がいなくなる恐怖や焦りにいつも苛まれる。
濃い藍色の空に浮かぶ赤が目に染みて、強く瞼を閉じたほんの一瞬に赤は青に変わった。
彼は相変わらず楽しそうに話しながら私の手を引いて歩く。
家が近づいてはっきりとその姿が見える所まで来た頃には、私は無言になっていた。
「なまえ、どないしたん」
さっきよりもワントーン下がった声色で、彼は私の顔を覗き込んだ。
「具合悪いんか?」
「……離したく、ない」
「な、なんや?」
繋がれた手をギュッと強く握り、もう一度伝える。
「真島さんの手……、離したくない」
今の私はきっと情けない顔をしている。
それでも彼の目を見つめて乞うようにそう伝えると、彼は静かに切なく笑い、繋がれた手を引き寄せ私を抱きしめた。
「何言うとるんや、まったく。……大丈夫や、なまえ」
彼は私の恐怖や焦りを理解している。
それが裏社会で生きている自分のせいであることも。
今日という日。
無事に一日一緒に過ごせた日。
繋いだ手を離したくない、ずっと。