時の扉を君とひらく | ナノ


▼ ふたり

背中の誘惑に耐えながらなんとか八神探偵事務所に辿り着いた。
八神に渡された鍵で事務所のドアを開け、水瀬をソファに降ろす。部屋の電気を点けたら「まぶしいよぅ」と甘えたような声を出されて慌てて電気を消した。窓からネオンの光が差し込んできて暗くはないが……男女二人きりで過ごすには落ち着かない雰囲気になってしまった。

「ったく。こんなになるまで飲んじまって。俺たちがあと少し遅かったらどうなってたんだか」

心臓が激しく波打ち始めたのを誤魔化すために、水瀬を説教するような独り言をブツブツ大声で言う。もちろん当の本人は聞いちゃいないし満面の笑みで俺を見つめている。が、唇や肩が震えていた。
この寒空の下、コートも靴も身に着けずに街中を歩き回っていれば身体が冷えるのは当然だ。

「水瀬、大丈夫か? ほら、これで少しはあったかいだろ」

着ているジャケットを脱いで震えている身体に掛けてやる。すると水瀬はそれを嬉しそうにぎゅっと抱き締めて襟首辺りに顔を半分ほど埋めた。

「ん……。いいニオイ」
「なっ、なに言ってやがる! これだから酔っ払いは……」

耳や首筋に感じていた熱い吐息と唇の感触がよみがえってくる。再会してから水瀬には調子を狂わされてきたが、今日ほど自分が自分で無くなりそうになったことはない。正直、破れた黒ストッキングの足でさえ目の毒だってのに、おまえはいつも俺を──

「東! 無事に着いてて良かったよ」
「お、おう」

俺の思考回路がおかしくなる前に八神が事務所に戻ってきた。助かった。
水瀬が必死に守っていたネコは少し衰弱しているものの特に目立った傷もなく、どうやら元気らしい。

「なぁ、なんで電気点けないの?」
「水瀬が眩しがってうるせえんだよ。それよりここに毛布とかねえのか? 寒がってんだ。靴履かねえで歩いてたせいで足も濡れてる」
「仮眠用のタオルケットならあるよ。しばらく洗ってないけど……」
「んなもん掛けてやれるかよ」
「だよな。ストッキングもそれじゃあ可哀想だし、あれだけチンピラ相手にしてたら中に着てるシャツとかも汗かいて濡れてるかもな。ドンキで諸々買って来るよ」

(あぁ? 水瀬が履くストッキングを八神が買うだって?! 中に着てるシャツってそれ、下着のことだよな? しかも諸々って……なんでそれを八神が買ってくんだよ!)

「東、モロに不満がだだ漏れの顔なんだけど」
「はぁ?! 別にそんな顔してねえし!」
「安心しろ。さすがに俺だって女物は買えないって。ちょっと遅い時間だけどさおりさんに付き合ってもらえないかお願いしてみるよ。そういえば海藤さんは?」
「まだだ」
「じゃあ、おまえから海藤さんにコンビニで身体が暖まるような物、買ってきてもらえるよう頼めるか?」
「わかった」

それからすぐに八神は城崎先生とドンキで合流することになり、事務所を出て行った。兄貴には水瀬が好きそうな物を伝えて買ってきてもらうようお願いした。
そして俺は、再び水瀬と二人きりになった。

「水瀬、寒いか?」
「……さむい」

声が震えている。これは水瀬の寒さを和らげるためだと自分に言い聞かせて、彼女の隣に座り、肩を抱き寄せて俺の身体と密着させた。

「まだ寒いか?」
「ひがピ、あったかい」
「ほ、ほら、ちゃんとジャケット掛けてろ」

水瀬は俺のジャケットを寒いだろうからと俺にも掛けようとする。それを手で遮って改めて水瀬の身体に掛けようとすると視線がぶつかった。

「な、なんだよ」
「ほっぺ……、ケガ」
「あ? 怪我?」

頬を触ると擦り傷ができていた。気づかなかったがすでにかさぶたになっている。すっぽん通りに向かう際、何人かのチンピラとやり合った。その時にできた傷だろう。

「いたそう」
「ただのかすり傷だ。ちっとも痛くなんか──」

一瞬だった。ふわりとアルコールと花のような良い香り、頬にある柔らかな感触、ちゅ、と鼓膜を揺らした甘い音。
水瀬に……キスされた。

「おまえ……、なに、してんだ」
「はやくなおって」

酔っているせいでふにゃふにゃした緩い笑みを浮かべた水瀬がすぐ傍にいる。頬は腫れ、下唇は切れて痛々しい。寒がってこんなに震えてるおまえがどうして俺のことを心配すんだよ。
抑え込んできた感情が一気に頭の中を塗り潰して何も考えられなくなった。

「それはこっちのセリフだ」

俺は同じように水瀬の頬にキスをした。腫れた頬は熱を持っていて、触れた唇にその熱が伝わってきた。

「……痛いか?」

親指でゆっくり優しく水瀬の唇をなぞる。
こんな綺麗な唇に傷があるなんて。

「ひがピ」

早く治りますように。
今度は水瀬の唇にキスをする。柔らかくて、しっとりしていて、熱くて。すぐに離そうと思っていたのに、離すどころかどんどんそれは深くなって、もう止められない。

「んっ」
「はぁ……、水瀬」

薄く開いたところから舌を差し込んで遠慮がちに絡めたら、水瀬も反応してゆるゆると絡めてきた。その柔らかい感触やカクテルの甘さが染み込んだ舌に興奮して欲に溺れる。
八神がドンキに行っていることも、兄貴がコンビニで買い物していることも、何も覚えていなかった。今は水瀬のことしか頭にない。

「んっ、ひが、ピ」

しばらく水瀬を求めていたが、途中で苦しそうな声が聞こえてふと我に返った。慌てて唇を離すと水瀬は肩で息をするかのようにはぁはぁと荒く呼吸していた。

「水瀬! す、すまねえ! これはっ、その……、出来心とかそんなんじゃねえんだ! じ、実は俺……、水瀬のことっ! …………寝てやがる」

勢いで抱き締めた水瀬の顔を覗き込めばスースーと寝息を立てていた。
そうだった。コイツ、酔ったらすぐに寝ちまうんだった。今まで起きてられたのはネコを守るために気を張ってたからだ。

「どうせ、今夜のことは何も覚えてねえんだろうな……」

今日は頑張ったな。すぐに助けてやれないでごめんな。
水瀬を起こさないようにそっと頭を撫でた。


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