時の扉を君とひらく | ナノ


▼ 捜索

八神から電話が掛かってきたのは深夜0時を過ぎた頃だった。

「東! メイちゃんの居場所、知らないか?」

明らかに八神の声には焦りが滲んでいて、ただごとではないとすぐにわかった。水瀬が行方不明になっていると……。
"ル・アッシュ" というバーのマスターから八神のスマホに連絡がきてそれが発覚した。
水瀬はバーで飲んでいたらしい。酒に酔った水瀬はバッグを置いたまま店を出て行ってしまい、困ったマスターが置き去りのバッグの中から八神の名刺を見つけて電話したそうだ。

「アイツ、めちゃめちゃ酒弱ぇんだぞ。どっかでぶっ倒れでもしてたら……」
「東、すぐに俺の事務所来れるか? 来る途中にメイちゃん探してもらえたら助かる。今、俺と海藤さんも手分けして探してるから」
「んなことわかってんだよ!」

すぐに電話を切り、ソファに放り投げたジャケットを手に取って、帰宅したばかりの家を飛び出した。
八神の事務所に向かいながら人通りの少ない路地や袋小路に入ってみたが水瀬の姿はない。悪いイメージばかりが脳裏を過る。

「あのバカ、どこ行きやがった」

こんなことになったのは俺のせいなのか?


*


二時間前。
しばらく顔を見せに来なかった水瀬の様子が気になり、シャルルを店じまいした後、その足で水瀬が働くカフェへと向かった。渡せなかったキラネコキーホルダーをジャケットのポケットに忍ばせて。自分でガチャガチャを回したいと言っていたが……まあいい。きっと喜んでくれるはずだ。そうすれば前に八神が言っていた「何か」を少しでも話してくれるかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、突然背後から女に声を掛けられた。

「もしかして、徹ちゃん?」

俺のことを徹ちゃんなんて呼ぶ女は一人しかいない。
昔、海藤の兄貴に『女遊びの一つや二つしねえでどうする!』と強引に連れて行かれたキャバクラのキャバ嬢だ。常連とまではいかないが、当時兄貴が気に入っていたキャバクラで何度か出入りしていた。一人で行ったことは一度もないが。

「よく覚えてんな」
「覚えてるよ〜! お店であんなにオドオドした男の人、初めて見たもん。けど、すっごい雰囲気変わってたから別人かなって思っちゃった」
「じゃあなんで声掛けたんだ?」
「人違いでもイケメンだったからラッキーって」
「なんだそりゃ」

会話をしてる感じでは元気そうだが、本人曰く体調が悪く店を早退したらしい。歩いて帰る予定があまりの寒さにタクシーに切り替え。しかしそのタクシーが捕まらず、児童公園近くに停まっているタクシーを目指して歩いていたら目の前に俺がいたそうだ。

「なっ?! お、おい、くっつくな」
「いいじゃん、久しぶりなんだし〜。あ、ひょっとして照れてる?」
「照れてねえよ。ってか、俺の許可無しに腕絡ませんな!」
「ん? なんかポッケに入れてる? チャリチャリいってるんだけど」
「別に何でもいいだろ」
「えー、気になる! 彼女の家の合鍵だったりして」
「やめろ。勝手に人のポケットに手ぇ突っ込むな!」

抵抗するもキャバ嬢の手によって取りだされたキラネコキーホルダー。俺のすぐ目の前でクロとミーコがゆらゆら揺れている。

「なにコレ〜? 徹ちゃん、カワイイ系好きだったんだ」
「うるせえな、違ぇよ!」
「え、じゃあ頂戴〜! 最近全然アタシんとこ来てくれないんだもん。いいじゃんっ」
「ダメだ! 返せ!」

俺だけじゃなく水瀬やネコたちもからかわれているような気がして、つい語気を強めてしまった。キャバ嬢は驚いたのか「そんなに怒らなくてもいいじゃん」と乱暴にキーホルダーを俺のポケットに戻す。その途中「あ」と声を上げた。
視線をポケットから前に移すと水瀬が立っていた。

「水瀬!」

一瞬見えた水瀬の凍りついた表情。あんな顔……、初めて見た。
次から次へと車が走ってきている車道に飛び出し、水瀬は俺から逃げていく。

「水瀬、待ってくれ! 危ねえからっ!」

大声で名前を呼ぶも車のクラクションにかき消され、走ってきたタクシーを拾った水瀬はそのままどこかに行ってしまった。
水瀬に見られた。勘違いされたんじゃ……、いや、間違いなく、された。付き合ってもないのにそんな後ろめたい感情が渦巻く。

「徹ちゃん、あの人……彼女?」
「いや」

まだいたのかよ。
おまえのせいで俺は水瀬に。

油断したらそんな言葉を吐いてしまいそうだった。だから話したくなかった。話す気にもなれなかった。

「でも、すごいビックリした顔してたよ」
「そうかよ」
「じゃ、じゃあ、私ここで大丈夫だから。送ってくれてありがとね」

気まずい雰囲気に耐えられなくなったのか、キャバ嬢もまた俺から逃げるように走り去っていった。その背中にぼそっと一言つぶやく。

「……送ってなんかねえよ」

道路の真ん中で、水瀬が働くカフェの紙袋とその中に入っていたと思われるドリンクがタイヤに轢かれて潰れていた。





結局、水瀬を見つけられないまま八神の事務所に駆け込んだ。

「やっと来たか。その様子じゃおまえも見つけられなかったみたいだな」

八神と兄貴も事務所に戻ってきたところらしい。兄貴はペットボトルの水をがぶ飲みして息を整えている。八神は誰かと電話で話しているようだ。

「水瀬は?」
「見つからない。ター坊がツクモに連絡してYutterでメイちゃんの居場所がわからないか探してもらってる」
「Yutter?」

アイツの個人名で検索したところで有名人でない限り見つかるわけがない。そう思いながら八神とツクモの会話に耳を傾けた。

「それ、かなり引っかかるな。ツクモ、ちょうど東が来たんだ。話してもらえないか?」

ツクモが気になるつぶやきを見つけたらしい。八神が全員に聞こえるようハンズフリー通話に切り替えてスマホをテーブルに置いた。

『もしもし? 東さんですか?』
「そうだ。気になるつぶやきってのは?」
『はい、これらのつぶやきが水瀬さんに関連があるか東さんにご判断願いたいのです。八神氏からあなたが一番水瀬さんと仲がいいと聞いたもので』
「な、なんだよそれッ」
「本当のことだろ? 東は俺と海藤さんよりメイちゃんと仲いいんだからさ」
「フンッ」

スマホにツクモから送られてきたYutterの画面が表示される。画面には次から次へと神室町でのつぶやきが表示され、情報が秒単位で更新されている。

『すっぽん通りでつぶやきが集中しているのがわかりますか?』
「たしかにな。けど、それのなにが気になるってんだ?」
『内容のほとんどがネコのことなのです。夜分にネコのつぶやきがこれほど集中しているのはあまり見かけません。それにどうやらここでトラブルが起こっているようなのです。ほら、このつぶやきも』

新たに表示されたつぶやきには【ニャンコちゃんも飼い主さんも大丈夫かな】と書かれていた。他にも【チンピラが狙うほど価値のある猫なのかよ】【誰かあのネコと女、助けてやらねえのかな】など似たようなつぶやきが。
……嫌な予感がする。そして決定的なつぶやきが画面に表示された。

【黒猫の名前、やっぱクロなんだな】

「八神、すっぽん通りにいるのは水瀬で間違いねえ」
「根拠は?」
「そんなの説明してる場合じゃねえだろ! いいからさっさと来やがれ!」
「ター坊、ここは東が正しいと思うぜ」
「わかった。ツクモ、ありがとな!」
『水瀬さんのご無事をお祈りしておりますぞ』

水瀬に何かあったら……、俺のせいだ。
これほど神室町にいる人間を邪魔だと思ったことはない。人にぶつかるのも構わず全速力ですっぽん通りに走った。
現場は人だかりができていて、邪魔だとかき分けながら前へ進むと地面に這い蹲うようにしている水瀬と、水瀬を取り囲んでいる男たちが見えた。

「水瀬っ! てめぇら……、何してやがるっ!」
「東! ここは俺とター坊に任せておまえはメイちゃんを安全なところに連れて行け」

八神と兄貴が男たちを遠ざけた隙に水瀬を抱き起こすが、俺をチンピラの一味だと思ったのか激しく抵抗された。

「いやっ」
「水瀬! 俺だ、東だ! もう大丈夫だ」
「ぁ……ひがピっ!」
「え」
「どこいってたの? さがしたんだよ! あのね、クロがいたの。ひがピにあわせたかったの。でもクロがいじめられそうになって」

水瀬の腕の中には黒猫がいた。もちろんクロじゃない。でも水瀬はクロと信じているようだ。地面に這い蹲っていたのはこの黒猫を庇っていたためだった。その証拠に水瀬の頬は赤く腫れ、唇には渇いた血が付いていた。たぶん殴られて切れたんだろう。履いていた黒のストッキングは足先や膝辺りが何か所も破けていた。

「水瀬、おまえ靴どうした?」
「くつ?」
(ダメだ……相当酔ってやがる)

ヘラヘラと笑う水瀬を安全なところに座らせて、俺はチンピラ共の元に。すでに八神と兄貴が潰してくれていたが、俺の怒りは収まらなかった。

「東、メイちゃんは大丈夫か?」
「大丈夫じゃねえよ、八神。……なぁ、誰だ? 水瀬を殴った野郎は」
「落ち着け、東」
「兄貴は手ぇ出さねえでください。アイツ、殴られて顔に傷付けられたんスよ……。許さねえ! てめぇか? ああ?! それともてめぇか?」

気を失いかけているチンピラの胸ぐらを掴んで揺さぶる。すると一人が視線を大の字に伸びている男に向けた。すぐにその男のところへ行き、身体を思いきり踏みつけて顔を覗き込む。こいつが水瀬を……。

「よくも俺の大切な女をぶん殴ってくれたなぁ。ふざけんじゃねえよっ!」
「ぐっ」
「いいか? 二度とアイツの前に現れんじゃねえぞ。もし現れたら……、俺がただじゃおかねえからな」

喉輪を圧迫しながら耳元でそう囁いてやると男は苦しそうな声を漏らして何度も頷いた。

「これは俺の分ッ! そしてこれは、水瀬の分だ!」

力の限り顔面を二発殴ってやった。本当はもっと殴ってやりたかったが水瀬が見ているかもしれないと思うとそれ以上殴れず、沸き上がる怒りを必死に抑え込んでその場を離れた。

「気が済んだか?」
「……ありがとうございます、兄貴」
「さっきよりも辺りが騒がしくなってきたな。すぐにここを離れないと警察が来る。ネコは俺が預かるよ。ネコ好きの知り合いがいるから、念のためそいつに見てもらう」
「ター坊がネコなら俺はメイちゃんのためにコンビニやら薬屋やらを回って諸々調達してくるとするか」
「じゃあ、俺は水瀬を……」
「ああ。頼んだぞ、ひがピ」
「えっ?!」
「はい、俺の事務所の鍵。ここからなら一番俺の事務所が近いから。メイちゃんを休ませた方がいいだろ? ひがピ」
「だ、誰がひがピだっ!」

俺がチンピラを相手にしている間に酔った水瀬が何度も「クロをね、ひがピにあわせたかったの」と話していたらしい……。
最悪だ。当の本人は安心したのか、座ったまま店の壁に寄りかかって寝ている。

「そんなとこで寝んじゃねえよ。風邪引いちまうだろ」
「んん、ひがピ」
「ば、馬鹿ッ、抱き着くな!」
「こりゃあ想像以上にラブラブだな」
「あ、兄貴ッ、からかわないでください! ほら、おぶってやるからちゃんと掴まってろよ」
「んー」

水瀬を背負って立ち上がる。前に酔って身体を支えてやった時も軽いと思ったが、ますます軽くなった気がする。……というか。

(コイツ、見た目じゃわからねえけど……、結構胸でけえな)

もろに背中に柔らかい感触が。意識しないように歩いても、背中の神経が水瀬の胸に勝手に集中している。

「ひがピ……、いいニオイ」
「な、何してやがるっ。くっつくな!」

ぎゅっとしがみついてきた水瀬は俺の首元に顔を埋めてスリスリ……。
首筋に感じる熱い呼吸と時々当たる唇の感触に意識を奪われそうになりながら、八神探偵事務所を目指した。


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