時の扉を君とひらく | ナノ


▼ ひとりのよる

一週間が経過した。
東くんと顔を合わせるのが怖くてあれからシャルルには行っていない。

『今日は来るのか?』
『閉店まで仕事なの。今週は差し入れできなくてごめんね』
『俺は大丈夫だ。あんま無理すんなよ』

休憩時間にやり取りしたメッセージ。東くんは『働き過ぎじゃないか?』『大丈夫か?』と心配してくれるが、私は『大丈夫』と返すばかりでそれ以外の言葉が紡げない。東くんも深入りしてはいけないと思っているのかそれ以上のことは聞いてこない。それも仕方ないと思う。逃げるようにあの場を去ったのだ。東くんはもちろん、八神さんや海藤さんも不自然に感じたはずだ。特に八神さんは仕事柄そういうところは敏感だろうから、私が消えた後に三人でいろいろ推測したに違いない。

「水瀬さん、お疲れ様。ここのところ働き詰めだったけど大丈夫?」
「はい。ずっとお店忙しかったですし、私は大丈夫です」
「たしかに助かってるけど無理しちゃ駄目だよ」

店長に無理を言って今週はシフトをびっしり入れてもらった。差し入れのこともあるけど、仕事をしていたほうがいろいろ余計なことを考えずに済むから。

「それではお先に失礼します」
「気をつけて帰って」

締め作業や店内の清掃等を終わらせて店を出る。
夜は昼に比べて一段と気温が下がり、軽く身震いしながら歩き出す。店長から「頑張ってもらったお礼」と渡されたソイラテは、手提げの紙袋の中ですでに冷め始めているだろう。

(さすがにラストまでの連勤は疲れたな……。タクシーで帰ろう)

児童公園に停まっているタクシーが一番近い。それに乗るつもりで目的の場所まで寒空の下を歩いたが、これだけ寒いとみんな考えることは同じ。先を越されてしまってタクシーは一台も停まっていなかった。
仕方なく来た道を戻る。自分の働くお店が入ったビル前を通り過ぎたところで、正面から歩いてくる男女の姿が目に入った。

(あれって、東くん……?!)

まだ少し遠いが間違いなく東くんだった。隣にいるのは細身の綺麗な女性。東くんと腕を組んで寄り添っている。
ドキン、ドキン、と心臓が激しく鼓動を始めた。

「なんでこんなのポッケに入れてるのぉ? 徹ちゃん、カワイイ系好きだったんだぁ」
「うるせえな、違ぇよ!」
「え、じゃあ頂戴〜! 最近全然アタシんとこ来てくれないんだもん。いいじゃんっ」
「ダメだ! 返せ!」

話が盛り上がっているのか、距離が縮まるにつれて二人の会話が嫌でも耳に入ってくる。なんとか落ち着こうと必死に深呼吸を繰り返した。

なんだ。彼女いないって言ってたけど、いい感じの女性はいたんじゃない。
全くいないようなこと言ってたけど、やっぱりいたんだ。

そろそろ東くんに気づかれそうだ。
嫌だ、今は会いたくない。
でも、隠れられそうなところもない。

「あ」
「っ……!」

女性と目が合ってしまった。
咄嗟に道路に飛び出して、反対側の歩道へと走る。何台もの車にクラクションを鳴らされ怒鳴られたがそんなのどうでもいい。
とにかく逃げなきゃ。

「水瀬!」

東くんの声がした。一瞬身体が固まったが、私は走ってきたタクシーを捕まえてそれに飛び乗った。車が走り出し、そっとバックミラーを覗くと私を追って走って来る東くんの姿が映っていた。しかし、それもすぐに小さくなっていつしか見えなくなった。

やっぱり男は綺麗な人が好きなんだよね。
当たり前だよね。そんなの。
私が一人で舞い上がってただけだった。
東くんも綺麗な人がいいよね。

これから私は、どこに行こうか……。
手にしていた紙袋はいつの間にか無くなっていた。





「お客様、お客様!」
「うぅん……」
「もう閉店のお時間です。お一人で帰れますか? お知り合いの方をお呼びしましょうか? 教えていただければ代わりにご連絡しますよ」

ひとり? ひがピは? ひがピ……、どこいっちゃったの?

「ひがピ……」
「お客様! お会計がまだ!」
「そこに、バッグ」
「ちょっと」
「ひがピ、いるから。まってて」

カラダがぐらぐら。カランカランとうるさいドアベル。あたまがガンガン。
……はぁ〜。おソトはすずしい。
ふらふら、ぐらぐら、ゆれるカラダ。クツがだめなのかな?

「ひがピ、どこ?」

いない。どこにもいない。なんで?
バーにつれてきてくれたでしょ? どこにいっちゃったの?
いっぱいあるいたのにいない。ここ、どこ?

「ひがピ……。あ……」

あれは……クロ。クロがいる!

「クロっ!」
「ニャア〜」

クロ、ワタシのひざにのってくれるの?
……あったかい。ゴロゴロないてる。
かわいい、うれしい。

「ひがピっ! どこにいるの? クロだよっ」
「お姉さん、こんな時間にネコと遊んでんの?」
「ネコじゃなくて俺たちと遊ばない?」
「ヤダ! ひがピにみせるのっ!」
「ひがピ? ハハッ、なんだそれ」
「随分酔って楽しそうじゃん。俺たちも楽しくなりたいなぁ」

このひとも、このひとも、ひがピじゃない。

「ひがピはどこにいるの?」
「知らねーよ! おら、立て!」
「フーッ」
「痛ッ! このネコ、俺の手を引っ掻きやがった」
「お姉さん、手間かけさせんじゃねえよ」

バチン。
……ほっぺ、いたい。

「クロをいじめないで!」
「ネコはどうだっていいんだよ! さっさとしろ」
「イヤだ!」

ひがピ……、助けて。


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