時の扉を君とひらく | ナノ


▼ 何も知らない

「なんでアンタらが来るんだよっ!」

腹の底からデカい声が出た。
季節がひとつ移り変わり、風が冷たくなった最初の土曜日。今日は水瀬がシャルルに来る日だ。来ると約束した曜日に水瀬は『これから行って大丈夫?』と必ずメッセージをくれる。30分前にそれが届いたからそろそろ来る頃だ。
差し入れのベーグルは試作品とはいえ美味いし、時折俺の身体を気遣ってなのかベーグルばかりじゃ飽きるだろうからと手作りの料理をタッパに入れて持って来ることもある。……正直、すげえ美味い。今日は何持ってくんだろうな、と思うくらいに。
そんな少しばかり心を躍らせた俺の所にやって来たのは海藤の兄貴と八神だった。

「そんなつれないこと言うなよ、東ぃ」
「なぁ、今なんでアンタら “が” って言ったよな? 東は誰か待ってたんだ」
「べっ! 別に俺ぁ……、誰も待っちゃいねえよ!」

本当に何しに来やがった?! もうすぐ水瀬が来るってのに。
八神は人の揚げ足を取った上に探偵面、兄貴も椅子にどっかり腰掛けて俺に疑いの目を寄越す。

「東、俺に嘘つくのか?」
「嘘なんかついてないッスよ」
「いーや、嘘だ! これから来るんだろ?」
「だ、誰がッスか?」
「とぼけても無駄。俺ら、さっきまでカフェに居たんだ。メイちゃんが働いてるとこの」

店長の野郎っ……、俺と水瀬の情報を八神たちに売りやがったな!
水瀬が俺に差し入れしてること、今日水瀬がシャルルに来ることを知った二人が様子を見に、いや、冷やかしに来たというところか。

「いつから? もう付き合ってんの?」
「はぁっ?! ま、まだそんなんじゃねえよっ!」
「ふーん。まだってことはそこそこいい線いってんだ。意外とやるじゃん」
「ぐっ! な、このっ……、八神ぃ、てめぇッ!」
「お、やっと来たか!」

八神の胸ぐらを掴んだところで兄貴が立ち上がり、シャルルの入口に向かって手を振っている。その方向に目をやれば、いつ入ってきたのかガチャガチャがある辺りで水瀬が困ったような笑みを浮かべて俺たちの様子を伺っていた。

「お取り込み中、ですか?」
「いいや、俺もター坊もメイちゃんに会いに来たんだ。ほら、ここ座って」

兄貴に誘導されて水瀬は素直にカウンター横にあるベンチに座った。
それから二人の質問攻めだったわけだが、差し入れはベーグルの試作品であって、あくまで俺から感想をもらっているだけ、と店のロゴが入った袋からベーグルを取り出して兄貴と八神に見せつけている。

「本当にそうなの?」
「はい。シャルルはお店から近いし、東くんは同級生で話しやすいからお願いしたんです」
「なんだよ、せっかくメイちゃんの手作り弁当を味わえると思ったのによ」
(食う気でいたのかよ、兄貴)

店長の話を深読みし過ぎたかな、と八神は頭を掻いた。……いちいち読まねえでいいんだよ!

「それさ、夜でも食えるよね? せっかくこうして久しぶりに集まったんだし、みんなで昼でもどう?」
「勝手に集まったの間違いだろ?! それに水瀬のカフェで食ってきたんじゃねえのか?」
「コーヒーを飲んだだけだ。東、おまえはいつもメイちゃんに会ってるんだろうが、俺とター坊は久しぶりなんだからここは譲れ! いいよな? メイちゃん」

水瀬が快諾したので俺も強制的に付いて行くことに。今日は俺も水瀬に渡したいもんがあったんだが……。

「すいません、先に行っててもらえますか?」
「わかった。行こ、海藤さん」

気になるガチャガチャがあるからと水瀬は八神と兄貴を先に行かせ、外に出たのを確認してから俺に袋を手渡してきた。

「はい、これ」
「悪りぃな。夜、必ず食うから。食ったらメッセージ送る。……ん? 随分重いな」
「実は昨晩おうちで煮物をいっぱい作っちゃって。良かったらこっちも感想聞かせて」

兄貴に見せたら食べられそうだから必死に隠してた、と悪戯っぽく水瀬は笑った。手羽元と大根を醤油やら酢やらで煮たやつらしい。

「わ、わかった。けど、おまえが作ったのは、ベーグルもこういうのも……大抵ハズレねえからよ」
「そっか。甘いとかしょっぱいとか教えてもらえたら嬉しいんだけど」

せっかく差し入れしてるんだから美味しく食べてもらいたい、みたいなことを言っているが、これは遠回しに俺の味付けの好みを知りたいってことなんじゃ……。
咳ばらいを一つして緩みかけた頬を隠すように差し入れをバックルームに持っていく。そして一呼吸置いてから水瀬の所に戻ると、ひとつのガチャガチャの前にしゃがんでいた。

「東くん! 『キラネコキーホルダー』がある!」
「ひとつガチャガチャがブッ壊れてよ、業者がそれを勧めてきて──」
「私が探してたやつ。……入れてくれたの?」
「た、たまたまだ」
「ありがとう、東店長」
「う、うるせえ。ほら、行くぞ。あんまりアイツらを待たせたら俺が叱られちまう」

水瀬に渡したかったのはこのキラネコキーホルダーだ。先に俺が回してクロとミーコと同じ色、柄のキーホルダーを獲っておいた。いつも差し入れしてもらってる礼に。ただ、水瀬が昼が終わったら回すとはしゃいでいるから、渡していいもんかわからなくなってしまい、それらはジャケットのポケットに忍ばせたままになった。





シャルルを出ると、兄貴と八神は神室町ヒルズのエントランス付近にいた。人だかりができていて、近づいてみるとカムロップの着ぐるみが見えた。子供向けのイベントをやっているらしい。

「遅いぞ、東」
「すんません」
「神室町ヒルズの中にある店でいい? この様子だと混んでそうだけど」

何を食おうかと話していると、子連れの母親が近づいてきた。

「すみません、一枚カムロップと一緒に写真を撮っていただけませんか?」
「もちろんいいですよ」

八神はすぐさまカメラを受け取り、親子の写真を撮った。母親の右手はベビーカー、左手は男の子の手を握っている。撮影が終わった後、男の子に年齢を聞いてみると「よんしゃい」と答えた。

「4歳かぁ。いい男に育てよ!」
「ちゃんと言えたな。エラいエラい」

兄貴と俺が子供の頭を撫でる。そして「可愛いよな」と水瀬のほうを向くと、水瀬は俺たちから少し距離を取るようにして後ろに立っていた。

「水瀬、どうした?」
「うん、大丈夫」
「メイちゃんもこっち来て見てやってくれよ。坊主も赤ん坊も可愛いぞ!」
「はい」

水瀬の様子がおかしい。どこが、と言われたらはっきり言えないようなちょっとした何か。声も笑顔もいつもどおり。それなのに違和感を覚える。

「こんにちは」
「…………」
「ユウマ、お姉さんにこんにちはって言わなきゃ駄目でしょ!」

水瀬の口から短く息が漏れ、「あっ……」と小さな驚きの声を呑むのが聞こえた。明らかに動揺して子供との距離が一歩、また一歩と離れていく。

「おい、具合でも悪いのか?」
「ううん、大丈夫!」
「ひょっとしてメイちゃんは子供苦手なのか?」
「……実は、少しだけ」
「おまえ、マジか?! 意外だな」
「メイちゃんも自分の子供ができたら変わると思うぞ」
「たしかにそうだな」

水瀬は「そうかな」と笑っている。親子は俺たちの会話を聞いて少し居辛くなったのか、礼を言って神室町ヒルズの中へと消えていった。

「じゃあ、俺たちも──」
「あ……、ごめん、東くん。海藤さんも八神さんも。なんかカフェが忙しいみたい」

バッグからスマホを取り出し、店長から連絡が来ちゃったと水瀬が頭を下げている。シャルルに来る前にくれたメッセージには『今日は休みだよ』と書いてあったはずだ。

「おまえ、今日休みだって言ってなかったか?」
「忙しいと呼び出しが掛かることもあるの。ごめんね」
「おいっ、水瀬っ!」

それじゃあ、と水瀬は踵を返して走って行ってしまった。

「どうしたんだ……、アイツ」
「そんならメイちゃんのカフェ行ってベーグル食わねえか?」
「いや、それは止めたほうがいいよ、海藤さん」

親子の写真を撮ってからずっと黙っていた八神が口を開いた。見えない何かを探っている時の表情をしている。

「なんでだ?」
「東、おまえ気づかなかったか?」
「あぁ? 気づくって何を?」
「メイちゃんの手、震えてた」
「何っ?!」
「あの母親が子供の名前を呼んだ瞬間に様子が変わったんだ。きっと、何かあったんだ」
「何かって……、何だよ?」
「俺より東のほうがメイちゃんと会ってるだろ。何か聞いてないのか?」

再会してから定期的に差し入れしてもらい、何度か仕事終わりに食事にも行った。話す機会も多かったはずなのに、今思えば昔の話や俺のことばかり。水瀬のことと言えば働いてるカフェの話ばかりだ。

俺は、水瀬のことを何も知らない。


prev / next



◆拍手する◆


[ ←back ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -