時の扉を君とひらく | ナノ


▼ 目覚め

ズキズキと痛む頭。ぼんやりする視界には見慣れないものばかりが映っていた。自分がベッドに横たわっているとわかるまでに時間はかからなかったが、ここがどこなのか、どうしてここにいるのかが全くわからない。
少しずつ意識が覚醒してきた頃、ガチャリ、とドアの開く音がして、その方向に目をやれば手にビニール袋をぶら下げた東くんが居た。

「やっとお目覚めか?」
「ひ、東くん?! う、痛っ」

慌てて飛び起きたせいで頭が一際ズキンと痛んだ。必死に記憶を呼び起こそうにも、東くんと食事をしていた途中からぷつりとそれは途切れている。
ここはホテルだ。そして私が寝ているのは大きなベッド。一つの部屋に東くんと二人きり。これは一晩東くんと過ごしたということで……。

「わ、私、東くんっ……」
「馬鹿っ! そんなんじゃねえよ!」

半分パニック状態になりながら服を着ているか確認している私に、東くんが赤面しながら「なんもしてねえから!」と念押しする。そして私の記憶が無くなってからの一連のことを話してくれた。
私が飲み過ぎて寝てしまったこと、家がわからずタクシーでこのホテルまで連れて来てくれたこと、東くんが介抱してくれたこと……。
再会したばかりだというのにとんだ醜態を晒してしまった。

「本当に本当にごめんなさい!」
「別にどうってことねえよ。なぁ、お前飲んだらいつもああなのか?」
「ううん、こんなの初めて」
「じゃあ、なんで昨日はあんなに酔っちまったんだ?」
「わかんない……。東くん、だから?」

なんだよそれ、と東くんの顔がさらに赤くなり、それを見ていた私も一気に全身が熱くなる。
疲れていたといっても仕事終わりに仲間と飲みに行くことなんて何度もあった。特に強いお酒を飲んだわけでもない。私が泥酔してしまった理由を挙げるなら、楽しかった、それだけだ。東くんに会って、久しぶりに楽しい時間を過ごすことができた。本当にそれだけだった。

「ほら、飲め。二日酔いで頭痛ぇんだろ?」

東くんがビニール袋からペットボトルの水を取り出して手渡してくれた。腹が減ってんならとりんごヨーグルトも。わざわざコンビニで買ってきてくれたらしい。

「ありがとう。……あ、お金!」
「いらねえよ」
「飲み会代もタクシー代も払ってくれてるのに。ここのホテルだって──」
「いいんだよ。女に金を払わせるなんて男が廃んだろ」
「でも……」
「んなこといちいち気にすんな」

私は渋々頷いてペットボトルの水をコクリと一口飲んだ。冷たい水が喉を通って胃に落ちていくのがわかる。ヨーグルトはしばらく食べられそうになく、頭痛も酷い。さすがに二日酔いの状態で出勤するわけにはいかず、カフェに連絡を入れて今日は休ませてもらうことにした。

「はぁ……、穴あけちゃった」
「俺もゲーセンだが店長やってんだ。店員が具合悪そうに出勤して来たら即行帰すぜ。休んで正解だ。……けど、俺も少しお前に飲ませすぎた。悪かったな」
「東くんは何も悪くないよ。それにたくさん迷惑掛けちゃったし」
「別に迷惑なんて思ってねえよ。それに、水瀬の酔ったとこなんて初めて見たしな」
「ちょ、ちょっと! もう」

少し拗ねた顔をしたら東くんの口元が綻んだ。
東くんの笑顔に心が温かくなる。なぜなら高校で最後に東くんと会った時の表情を覚えていたからだ。とても苦しそうで今にも泣きそうだった。『親の急な転勤で転校することになったから』と。そう告げられた次の日から東くんはもう高校には来なかった。
その表情で思い出が止まっていたから、こうして笑顔を見ることができてホッとしたのかもしれない。

「そろそろ動いても大丈夫そうか?」
「うん」

それから私たちはそれぞれ身形を整え、カウンターでチェックアウトをした。その際、隣のカウンターで先に手続きをしていたサラリーマンが東くんのことを見ていて、目が合った途端にお互い「あ」と声を出していた。知り合いだったんだろうか?

「それじゃあ、あんま無理すんなよ」
「うん。ありがとう」

東くんはタクシーに乗った私を見送ってくれた。行き先を告げ、タクシーが動き出す。流れる景色をボーっと眺めていると、ふと服からほんのり良い香りが漂ってくる。それは東くんの香水の香り。

(本当に、何もしなかったのかな……)

真実がわからないまま、一人タクシーの中でその香りに鼓動を速めていた。





数日後、私は仕事休みに東くんが働くシャルルへと向かった。この前のお詫びにささやかではあるが働いているカフェのコーヒーとベーグルを持って。

「東さん、水瀬さんという女性がお見えです」
「何っ?!」

カウンターにいた店員の男性に声を掛けるとすぐに東くんを呼び出してくれた。バックルームの中から大きな声が聞こえ、扉が勢いよく開く。

「水瀬! なんだよ、いきなり」
「ごめんね、突然来ちゃって」
「まったくだ。俺が居なかったらどうするつもりだったんだ?」
「んー、東くんが帰ってくるまで待ってたかな」

私たちの会話を聞いて店員さんがニヤけている。それに気づいた東くんが「笑ってんじゃねえよ」と怒りながら勢いよく店員さんの頭を叩いた。

「んで、わざわざ何の用だ?」
「東くんの働いてるお店、見てみたくて」
「ならガッカリしたろ? 今にも潰れちまいそうなしがないゲーセンだ」
「私はこういうレトロな雰囲気、好きだよ」
「そ、そうかよ」
「それとこれ、この前のお詫び。お詫びにしては少ないんだけど、お店のコーヒーとベーグル。差し入れに来たの」

店長に今日のお勧めコーヒーを淹れてもらい、ベーグルは一番人気のアボガドソースとエビをサンドしたものを。「ベーグルは私の担当だから、絶対美味しいよ!」と伝えるとバックルームに呼ばれたので東くんに付いて行き、テーブルの近くにあったパイプ椅子に腰掛けた。

「詫びなんていらねえって言ったろ」
「これくらいしかできなくてむしろ申し訳ないくらいだよ。本当にこの前はありがとね。良かったらコーヒーが冷めちゃうから食べて欲しいな。まだお腹空いてない?」
「いや、正直ちょうど腹減ってたんだ。……んじゃ、遠慮なくいただくぜ」

東くんは手渡した袋からコーヒーとベーグルを取り出すと、早速ベーグルに齧り付いた。その食べっぷりはちょうど、というより余程お腹が減っていたように見える。

「ねえ、東くんはいつも食事ってどうしてるの?」
「食事はほとんど外で食ってる」
「作ったりしないの?」
「金がねえ時はたまに作ったりもするけどよ、わざわざ手ぇ掛けることもねえし、神室町には腐るほど飯屋があるから食事には困ってねえよ」
「そっか。じゃあ、東くんが嫌じゃなかったらまた差し入れ持って来てもいい?」
「な、なんでそうなるんだよ」
「私が持って来たらその分食費浮くでしょ? 東くんともこうして話せるし。あ、ベーグルの試作品を食べてもらって感想を聞かせてほしいな。……ダメ?」
「いや、ダメじゃねえけど……」
「じゃ、決まり!」

さすがに毎日は私も東くんも負担になるだろうと思い、月・水・土の三日間差し入れすることに。他、どこか希望があればメッセージで連絡をくれることになった。

「本当にいいのか?」
「うん、もちろん。ちなみに今日は東くんのだけ持ってきちゃったんだけど、店員さんの分もあったほうが──」
「アイツの分は気にしなくていい!」
「わ、わかった」

この日を境に、私と東くんの距離は少しずつ縮まっていった。


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