時の扉を君とひらく | ナノ


▼ Barで

カフェが入っているビルを出たすぐのところに東くんが待っていた。
『21時半頃に仕事が終わるのでどこかで待ち合わせする?』とメッセージを送ったら、『女一人で夜歩くのは危ねぇから』と返ってきてわざわざ迎えに来てくれたのだ。

「随分遅ぇんだな」
「お店が21時までなの。それでも今日は早く帰してもらったほう」
「そうなのか。遅くまで大変だな」
「うーん、でも楽しくやらせてもらってるから。東くんも来てくれたし」
「……ゴホン、水瀬、こっちだ」

ひとつ咳払いをして東くんが歩き始める。
こうして並んで歩くのは何年ぶりだろうなんて考えたけれど、高校生の頃まで遡ることになるのでやっぱり考えるのは止めた。
元々背が高かったけれど、さらに高くなったと思う。そして風に乗って流れてくる香り。彼が吸っているのであろう煙草と男性用の香水。……大人になったなぁ、と時の流れに浸る。

東くんに言われるがまま付いて行くと[Bar El Dorado(バル・エルドラード)]という名前のお店に着いた。彼が店員さんに名前を告げるとスムーズに席へと案内された。予約してくれていたらしい。
まずは飲み物を注文して乾杯した。それから「ここの料理はハズレがないぜ」と店員さん並に勧めてくる東くんに乗せられてたくさん料理を頼んでしまい、私たちのテーブルはちょっとしたパーティーになった。本当にどれも美味しくて、特に東くん一押しのローストビーフは絶品だった。

「美味しい!」
「だろっ?」

嬉しそうに自慢げな顔をしながらビールを呷る東くんに釣られて私もお酒が進む。こうして一緒に食事をする日が来るなんて、高校生の時には想像もできなかった。

「オシャレなお店知ってるんだね」
「昔、海藤の兄貴に散々飲みに連れ回されたからな」
「そうなんだ。じゃあ、やっぱり東くんもヤ──」

言いかけた言葉を呑み込んだ。でも、それが何なのかわかってしまった東くんは申し訳なさそうな顔をして「すまねぇ」と呟いた。

「元、だけどな。迷惑だったか?」
「迷惑なら誘われた時点で断ってる。声掛けてくれて嬉しかったよ」
「相変わらずだな、おまえ」

ホッとしたように東くんの表情が緩んだ。
神室町で名を轟かせていた東城会が解散し、東くんがいた組もなくなってしまったらしい。今は当時から任されていたシャルルというゲームセンターの店長をしていると話してくれた。

「水瀬のほうはどうなんだ? 仕事と家事の両立で大変なんじゃねぇのか?」

あ、これは結婚してると思われてる……。年齢的にも仕方ないか。
すぐ東くんの目の前にスッと左手の甲を差し出して、薬指に指輪がないことを見せつけた。

「無いでしょ?」
「あ、え? ……独身、なのか?」
「残念ながら」
「そ、そうか。けど、彼氏ぐらいは居んだろ?」
「彼氏がいたら、東くんと二人きりで食事なんかしないよ」
「おい、嘘だろ」

彼氏はいた。いたけどフラれた。恋愛することに疲れて、少し休むつもりが気づけばここまできてしまったと苦笑いした。

「東くんこそいるんでしょ? 彼女」
「いねぇよ」
「そんなにカッコいいのに?」
「は?」
「そんなに色気出してるのに?」
「な、何言ってんだおまえ! もう酔ったんじゃねぇのか?」

東くんが手を上げて店員さんに水を一つ持ってくるようお願いしている。その顔は真っ赤だ。明らかに照れている。

「ふふっ、酔ってないから大丈夫」
「くっ、水瀬! からかいやがって」
「からかってないよー」
「お、おまえこそ……っ」

頬どころか耳や首まで赤く染めた東くんがそこまで言って口籠る。
そんな顔で見つめられるとこっちまで恥ずかしいのが移ってきちゃうんだけど……。
それを誤魔化すように目を逸らしてカクテルをごくりと飲んだ。

「水瀬も多少は……、女っぽくなったと思う、ぞ」
「最初会った時は全然変わってないって言ってたよ?」
「それはっ! いい意味で、言っただけで……」
「いい意味?」
「そこは突っ込むとこじゃねぇだろ!」
「いい意味ってどういう意味? 東くんっ」
「うるせぇ! もう絶対ぇ言わねぇ!」

まるでじゃれ合っているような会話に顔を見合わせて破顔した。
誘われた時はあまりに久しぶり過ぎて、きっとぎこちない感じになると思っていた。東くんとあの頃のように楽しく話せるとは思ってもみなかった。
最後に高校で東くんと会った時、私は泣いていたし東くんも暗い表情だったのを覚えている。
急に当時のことが胸の奥から込み上がってきて鼻の奥がツンとした。それは東くんも同じだったようで、さっきとは異なる静かなトーンで「あれから元気だったか?」と心配そうに眉を下げた。

「……うん。東くんは?」
「なんとかな。水瀬は……、まだ猫好きか?」
「うん、好き」
「そうか。良かった」

高校の体育館裏に子猫が寄り添うように二匹、寄り添うように鳴いていた。親猫や他の子猫は見つからなかった。
雨に濡れて震えている二匹を放っておけず、帰ってすぐ親に相談したが父が猫嫌いでダメだった。クラスの友達にも聞いてみたがこちらもダメ。
私はこっそり体育館裏で二匹を飼い始めた。スーパーから貰ってきた段ボールに暖かな寝床を作って。こっそり家から食べ物を持ち出してあげていたが、母親にバレて持ち出せなくなり、困っていた時に東くんが声を掛けてくれた。私が二匹の世話をしていたのを陰から見ていたそうだ。

『こいつら、名前なんて言うの?』
『この子は黒猫だからクロちゃん。もう一匹はキジトラだけど、キジちゃんっていうのも単純だよね』
『クロちゃんも単純すぎないか?』
『へ、へへ、そうだよね』
『んー、こいつメスだよな? 鳴き声がミーミー言ってるからミーコなんてどうだ?』
『……単純』
『うるせぇ』

それから東くんと一緒にクロとミーコのお世話をした。
ただ、私たちは高校生と言えども所詮は子供。とある朝、クロとミーコは段ボールの中で動かなくなっていた。いっぱい泣いて、東くんも泣いて、二人でお墓を作って道端に咲いていた花をたくさん摘んで手を合わせた。

「懐かしいね。それも覚えてたんだ」
「忘れらんねぇよ。……短かったけどよ、結構楽しかったんだ」
「楽しかったって?」
「水瀬と一緒にクロとミーコの世話したことだ。俺にとっては唯一、高校時代の良い思い出だ」

二匹の名前を忘れずにいてくれたことも、私との思い出を良い思い出と言ってくれたことも……一体なんなの?
突然現れて、前とはすっかり違う外見で、でも中身は照れ屋で真面目で優しくて、全然変わってなくて──。

「おい、水瀬? 大丈夫か?」
「ん……、本当に酔ったかも……」

頭も身体もフワフワしてきた。
サングラスの奥の目が心配そうに私を見ている。
なんなの、東くん。

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