時の扉を君とひらく | ナノ


▼ 再会

「いらっしゃいませ!」

七福通りに面したビルに私が働いているカフェがある。大きいお店ではないがバリスタである店長が丁寧に淹れるコーヒーと、具がたっぷり入ったベーグルが人気。神室町にはいくつもカフェがあるけれど、それなりにカフェスタッフとして忙しい毎日を送っている。

「よっ! メイちゃん」
「海藤さんがどうしてもここがいいってさ」
「ここには世界一美味いコーヒーとベーグルがあって、可愛いメイちゃんがいる。他の店に行く理由なんかあるか? なぁ、メイちゃん」
「ご贔屓にしていただいてありがとうございます」

この二人は探偵さんらしい。
近くに以前八神さんが勤めていた法律事務所があって、そこでの打ち合わせ帰りにここへ寄ってくれたのが最初だった。
八神さんは元弁護士、海藤さんは元極道。出会った頃は異様な組み合わせの二人が少し怖かったけれど、気さくに声を掛けてくれるので今では楽しく雑談までするように。

「お席はいつもの所がよかったですか?」
「ああ、頼むよ。悪いね、いつも気ぃ遣わせちゃって」
「いいえ。それではこちらへどうぞ」

案内した席は他の席から離れた場所にあって背の高い観葉植物で仕切られている。気軽に話せないようなことでも他人に聞かれる心配はないし、視線も気にならない。
二人はいつも日替わりの店長お勧めコーヒーをオーダーする。今日もそれでいいというので席を離れようとすると、思い出したように海藤さんが私を呼び止めた。

「これからもう一人来るんだ。来たら同じやつ出してもらえるか? そいつには来たら俺の名前言うように伝えてあるからよ」
「はい、かしこまりました」

オーダーされたコーヒーを店長が淹れて二人にお出ししてから15分。一人の男性がカウンターにやってきた。

「すいません、海藤さんの連れのモンなんですが」
「は、はい、伺っております。こちらへどうぞ」

ゴールドのハーフリムサングラス、胸元までボタンが外された紫の柄シャツ……。
八神探偵事務所は元極道の人を雇ってるのかな? それとも現役?
そんなことを考えながら席まで案内すると海藤さんから男性にお叱りの一声。

「東、遅ぇぞ」
「すんません、兄貴!」
(やっぱりそっちの人だった!)

ただいまコーヒーをお持ちいたします、と一旦席を離れ、言われた通り二人が飲んでいたのと同じ物をお出ししたが、その最中なぜか男性から顔をチラチラ見られている。

「どうぞ。本日は中南米産の上質なアラビカコーヒー豆を深煎りしたエスプレッソでございます」

説明しながら男性のほうを見たらバッチリ目が合った。

「……何か頼まれますか?」
「あ、いや」
「なんだ東、腹減ってんのか?」
「違いますよ!」
「じゃあ、東もメイちゃんの可愛さに一目惚れか?」
「メイって、やっぱりおまえ、水瀬か?」
「えっ?」
「俺だ、東。東徹」
「ひが、え……、えぇっ! 東くん?!」

青天の霹靂。目の前にいるサングラスの柄シャツは高校時代の同級生、東くんだった。当時はどちらかというと大人しいタイプだったはずなのに……一体何があったの?

「東とメイちゃんが同級生だって?!」
「海藤さん、声デカいって」
「こんなところで東くんに会うなんてビックリした。覚えててくれたんだ」
「まぁな。おまえ全然変わってねえから。俺は年食っちまってわからなかっただろ?」
「年齢っていうよりイメージがすごく変わったから気づかなくて。カッコよくなったね!」
「えっ?! ん、んなことねえよっ」

照れると顔が赤くなるのは昔から変わってないみたいで思わず笑みが漏れる。
カッコよくなったというのはリップサービスでもなんでもなくて、男前になったというか、男性の色気が増したというか。魅力的な男性になったと思う。
……気軽に話し掛けづらい雰囲気ではあるけれど。

「へぇ〜」
「な、なんだよ、八神」
「いや、別に」
「水瀬、仕事中なのに急に声掛けちまって悪かったな」
「ううん、大丈夫。それでは、ごゆっくり」

私が席から離れると三人は真剣な表情で打ち合わせを始めた。





それから何組か接客し、気づけば1時間以上が経過していた。
打ち合わせを終えた八神さんたちが会計をして店を出ていく。が、東くんだけはカウンターの前から動かない。店の出入口付近から「東、何やってんだ!」「海藤さん、ここは空気読もうよ」とやり取りが聞こえる。

「コーヒー、美味かったぜ」
「良かった。また飲みに来てよ」
「水瀬、あのよ……、俺ら久々に会っただろ? 今度、仕事終わりにでも飲みに行かねえか?」
「いつ?」
「おまえの都合がいい時で構わねえ」
「じゃあ、今日とか」
「きょ、今日?!」
「仕事が終わったら特に何もないし。急過ぎるかな……」
「べ、別に俺も夜は暇してるからよ。んじゃ、お互い連絡すんのにID交換しようぜ」

私のメッセージアプリの中に<東徹>の名前が追加された。
仕事が終わったら連絡する約束をして、東くんは店を出て行った。

「何してたんだよ東!」
「べ、別に、何もしてないっスよ」
「ふ〜ん」
「さっきからその態度はなんだ? 八神ッ!」
「いや、東の眉間のシワが無くなることもあるんだと思ってさ」
「あぁっ?! 喧嘩売ってんのか、テメェっ!」

三人の会話と足音が遠ざかっていく。
そして、それが聞こえなくなってしばらくするとスマホが震えた。

『約束、すっぽかすんじゃねえぞ』


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