時の扉を君とひらく | ナノ


▼ 対峙

八神探偵事務所。
ここに帰ってきてから何を言う訳でもなく、兄貴も八神も思い思いの場所で煙草を吹かしている。もちろん俺も。

水瀬はまだ布団の海の中で泣いてるんだろうか。
思い出したくもない過去に胸の傷がズキズキと痛んでいるだろうか。

「あのよ」

窓の外に視線を向けたまま、八神に声を掛けた。

「八神、おまえ探偵だよな?」
「今さら聞くことかよ」
「金はきっちり払う。だから俺からの依頼、引き受けちゃくれねえか?」
「……園田を探し出せ、か?」
「ダメだ、東。やめとけ」

八神も兄貴も俺が園田に復讐するもんだと思っているらしい。できるならしたい。今まで水瀬が苦しんできた分をきっちり返したい。でも、水瀬はそれを望まないだろう。俺が勝手にそんなことをすれば自分のせいだと責めるのは目に見えている。
彼女は優しいから。だから悲しませるようなことはしない。でも、この先彼女が悲しむようなことは起こさせない。

「これは復讐じゃないんスよ、兄貴」
「じゃあなんだ?」
「俺ぁ、水瀬を解放したいんです」
「解放?」

親から見たくもない子供の写真を強制的に見せられて。裏切られた園田と姉の子供に送りたくもない金を送金して。そんなのはいくらなんでも惨過ぎる。

「水瀬は毎日を怯えて過ごしてます。親からいつメッセージが来るかって。またあの最低なヤツらの子供のために金を払うのかって思ってるはずです」
「東の言い分もわかるよ。たしかに園田もメイちゃんのお姉さんも最低だ。ただ、最低でも一応二人は親で子供を育ててる。家庭もある。もし俺たちが介入すれば、またメイちゃんを巻き込むかもしれないんだぞ」
「わかってる。別に家庭を壊す気はねえし、水瀬を巻き込むつもりもねえ。けどよ、これ以上水瀬を泣かせるわけにはいかねえんだ」

クロとミーコが死んだ時も、今回のことも。
あんな悲しい顔、もうさせられねえんだよ。
あいつには笑っててもらわねえと、俺が困るんだよ。

「二度と水瀬に関わらないよう話をつけるだけだ。園田のところには俺一人で行く。迷惑はかけねえよ」
「素直に聞く耳もっちゃくれねえと思うがな。ター坊はどう思う?」
「東一人じゃ無理だよ」
「なんだと?」
「メイちゃんのお母さんは園田とお姉さんに騙されてんだよ? そしてお母さんを使ってメイちゃんから金をふんだくってんだろ? これは立派な詐欺だ。戦うには武器が多いほうがいいと思うけど」

八神がポケットから弁護士バッチを取り出して手のひらに乗せて見せた。

「八神、おまえ……」
「たしかに俺は探偵だけど、弁護士でもあるから。忘れてたでしょ?」
「フンッ」
「海藤さん、協力してくれる?」
「おうよ! 俺だって東に負けないくらいメイちゃんのことは大切に思ってるんだからな」
「なっ! あ、兄貴より、俺のほうが……」
「園田の居場所はさおりさんに聞けばすぐにわかるよ。少しだけ時間くれるか?」

水瀬。おまえは俺がこうすることを望んでいるだろうか。





翌日夕方。
ビルの陰からエステサロンの従業員出入口を見張っている。水瀬の姉さんが開業したエステサロンだ。園田はここの社長になっていて、水瀬の姉さんはオーナー兼社長秘書をしているらしい。
家の場所も判明していて直接押しかけても良かったが、水瀬の親と子供がいるために会社から出てくるところを押さえることになった。

「お、出て来たぞ」

あれが、園田……。事前に見ていた顔写真と比べて若干男前なのが癪に障る。高そうなスーツ、高そうなバッグ、高そうな靴。あれに一円でも水瀬の金が使われてるかもしれないと思うと腸が煮えくり返った。隣にいるのは水瀬の姉さんだろう。どことなく水瀬の面影があるが、今となっては水瀬を裏切った冷酷な女にしか見えない。

「すいません、園田拓磨さんですか?」
「あなた方は?」

サロン裏にある駐車場で声を掛けた。「八神探偵事務所の八神と言います」と八神が名刺を見せると、俺たち三人を怪訝な顔をしてジロジロと見た。

「探偵事務所?」
「ええ。とある事件を追ってましてご協力いただけないかと」
「事件?」
「はい。一人の女性が詐欺の被害に遭ってまして」
「詐欺ですか、それは大変ですね。ですがどうして私のところに?」
「ええ。その女性が僕たちの友達でして。水瀬メイさんと言うんですが、園田さん、よくご存知ですよね?」

水瀬の名前を聞いた途端、園田と水瀬の姉さんの顔が一気に青白くなった。「知らない」と言って逃げようとする園田の腕を兄貴が掴んだ。

「知らないはずないでしょ? あんたの元婚約者だ」
「それと詐欺と何の関係がある?!」
「あんた、金貰ってますよね?」
「は?」
「優磨君へのお小遣い。メイちゃんの親御さんから貰ってるはずだけど?」
「それはあいつが勝手に送ってきてるだけで!」
「あぁ、やっぱり。金がメイちゃんから送られているものだっていうのはご存知なんですね」

しまった、と顔を顰めた園田の隣で水瀬の姉さんは俺たちを睨む。

「ただ『勝手に』は違うなぁ。あんたら、メイちゃんの親御さんに本当のこと伝えてないだろ?」
「それは、」
「これはもう終わったことなんです」

園田の言葉を遮るように、水瀬の姉さんが口を開いた。
妹から色々聞いたでしょうけど、と前置きしてから、それは遠い過去のことだと言い切った。
お互いに納得した結果、今こうして隣に園田がいると。

「私たちがまるでメイからお金を盗んでいるような言い方をされましたが、私たちからお金を集ったことなんか一度も──」
「終わったことだって?」
「東……」
「おまえらのせいでアイツはまだ苦しんでるってのに、何も終わっちゃいねえだろ! おまえらに裏切られてから、水瀬はその裏切られた事実に縛られて前に進めずにいるんだぞ!」

手は出さないと決めていた。できれば冷静に話したいと思っていた。けど無理だ。兄貴が俺を落ち着かせようとしているがここは引けない。

「水瀬を裏切って、親も騙して、おまえら最低の人間じゃねえか!」
「黙れ!」

鈍い音がして左頬に痛みが走る。園田に殴られた。「おまえたちには関係ないことだ。人を詐欺師呼ばわりして何様だ、訴えるぞ」と騒いでいる。

「痛ぇ。けどな……、水瀬の痛みはこんなもんじゃねえんだよっ!」
「ぐっ」

お返しにと園田を殴った。尻もちをついた園田に水瀬の姉さんが寄り添う。
園田、おまえは水瀬の婚約者じゃなかったのか?
水瀬の姉さんは水瀬と園田の結婚を祝福するんじゃなかったのか?
二人の間に水瀬の存在は無かった。『私の居場所はもうない』と言った水瀬が目に浮かんで涙が滲んだ。

「殴りやがったな……。貴様らを本当に訴える!」
「別にいいよ。どうぞ。ただ、先に殴ってきたのはあんただから」

尻もちをついたまま動けずにいる園田に八神が弁護士バッチを突き付ける。

「弁護士?!」
「こっちは正当防衛。ちなみにあんたら二人のしてることは詐欺だよ。なぜならメイちゃんの親御さんは園田、アンタがメイちゃんの婚約者だったって事実を知らない」
「言えるわけないだろ!」
「そのせいで事ある毎に親御さんはメッセージで優磨君の写真をメイちゃんに送ってる。顔を見せてない代わりに優磨のために何かしてやってくれってメイちゃんにお願いしてる。あんたらが本当のことを言わなかったせいだよ」
「仕方ないだろ!」
「仕方ない? メイちゃんを裏切って、親御さんも裏切んのか! メイちゃんがどんな気持ちでそのメッセージを見てると思ってんだ? 園田!」
「そんなもん俺が知ったこっちゃ──」
「なぁ……これ以上、水瀬を苦しませないでくれないか。頼む」

水瀬はこんな男のために身も心も捧げたのかと思うとやるせなかった。切なくて、胸が痛くて、水瀬を解放してくれるならと俺は二人に頭を下げた。兄貴は「おまえがそんなことする必要はないだろ!」と怒っていたが、俺は頭を下げ続けた。

「メイちゃんが取り下げて安心してるのかもしれないけど、慰謝料請求、あれ三年有効だから」
「え?」
「まだ時効じゃないでしょ? なんなら実家に内容証明でも送ろうか?」
「そ、そ、それは……」
「なら、優磨君のことに関するメッセージをメイちゃんに一切送らないよう親御さんに真実を伝えると約束しろ。そして今まで受け取った金を返金するんだ」
「くっ」

園田ががっくりと肩を落とした。弁護士バッチを仕舞った八神がポケットから四つ折りにした紙を取り出して、それを園田の目の前で開いて見せる。

「誓約書、書いてもらうよ。あんたら何するかわからないから渡しとく。書いてある期日までに届かなかったら実家に直接取りに行かせてもらうから」
「……ヤクザめ」
「あんたら悪魔よりマシだろ」

二人は諦めたようだった。水瀬の姉さんは尻もちをついたままの園田を立ち上がらせて、ハンカチで汚れたところを拭いながら言う。「あの子を裏切るつもりはなかった」と。

「結果として裏切って傷つけた。今ではすっかり水瀬は子供恐怖症だよ。アンタらのせいだ。よくも水瀬に十字架背負わせてくれたな」
「…………」
「俺が必ずアイツを救ってやる。アイツを幸せにしてやる。だから、もう二度と水瀬に関わるな。もし水瀬の前に現われでもしたらその時は……覚悟しとけよ」

後日送られてきた園田からの封筒には、誓約書と水瀬の母親からの詫び文が入っていた。


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