時の扉を君とひらく | ナノ


▼ 過去(3)

神室町ヒルズでのことを思い返す。
子連れの母親から写真を撮って欲しいと言われて八神がそれに応じている時、水瀬は後退りするように距離を取った。兄貴が赤ん坊の顔を見てやってくれと言った時に見せた笑顔、それになぜか違和感を感じたのはそういうことだったのか。
そして『ユウマ』という名前を聞いた途端、嘆息を漏らした。きっと園田と水瀬の姉さんの間にできた子供の名前がユウマなのだろう。だから水瀬は店長から呼び出しの電話が掛かってきたようなフリをして、あの場を逃げるように去ったんだ。

「水瀬さんはお姉さんに呼び出され、子供ができたと伝えられたそうです」
「なんてこった……。あん時、メイちゃんも子供ができたら変わる、なんてひでぇこと言っちまった」
「俺も、そうです」
「俺らは何も知らなかったんだ。海藤さんも東も悪くないよ。ただ、これで神室町ヒルズでのメイちゃんの不可解な行動が納得できた」

八神が神室町ヒルズでの一件を城崎先生に説明すると、城崎先生は「そんなことが」と目を伏せた。

「けどよ、東の言うとおりなんでメイちゃんは慰謝料請求取り下げちまったんだ?」
「そこは俺も聞きたい。100%請求できる案件だったと思うんだけどなんで?」
「園田のご両親がお姉さんとの結婚を黙認したからです」
「けどよ、メイちゃんは園田と一緒に挨拶に行ってたろ?」
「はい。しかし、水瀬さんのお姉さんが浮気相手とはいえ自分の息子の子供を宿したとなれば話は別です」
「悪夢みてえな話だ……。メイちゃんの親は何も言わなかったのか?」
「水瀬さんのほうはご挨拶が済んでいませんでしたから、ご両親は園田の顔を知りません」

そうか。さっき見た不思議な光景も水瀬が園田を両親に合わせる一週間前だった。水瀬は自ら身を引いたのか。

「私は請求を取り下げる必要はないとお伝えしました。しかし、彼女は『自分には居場所がないからもういいんです』と……」

昔から何も変わってないんだな。
どんだけお人好しなんだよ、おまえ。

「アイツ、猫飼ってたんだ」
「あ? いきなりなんの話だ? 東」

頭の中に高校時代の思い出がよみがえる。
水瀬は体育館裏で猫を二匹育てていた。拾った子猫。いつからかは知らない。放課後は必ずそこにいて猫の面倒を見ていた。たまたま帰りに見かけて、その日から水瀬の様子をコッソリ陰から覗いていた。いつもアイツは優しい顔で猫に話しかけてて、俺はその顔を見るのが好きだった。
それから何日か経った日、たしか金曜日だったと思う。いつものように水瀬の様子を見に行ったら「ごめんね」と何度も謝りながら泣いていた。もうご飯があげられない、と。俺は隠れて見ていたことも忘れて水瀬の許に走って行った。

『……東、くん』
『お、俺も猫好きだから。猫の飯くらい持って来てやる』

その日から二人で猫を育てた。黒猫のほうは水瀬がクロと名付けて、俺はもう一匹のキジトラをミーコと名付けた。朝は早く家を出て、昼休みは早食いして、放課後は時間を忘れて水瀬と体育館裏で過ごした。高校に行くのは水瀬と猫に会いに行くためで、勉強なんかどうでも良かった。
そしていつものように早めに登校した朝。
二匹は段ボールの中で冷たくなっていた。水瀬はクロとミーコを守ってやれなかったと泣いた。水瀬のせいじゃないのに。自分を責めて泣いている姿に俺も泣いた。

「水瀬はいつも自分のせいにしやがる。精一杯やってるのに自分のせいでこうなったって。今回の件もまるっきり同じだと思ってよ。アイツは何一つ悪いことしてねえのに自分の居場所がねえなんて……。居場所を無くされたんだろうが! クズの婚約者と姉さんに!」
「その通りだと思うよ。ちなみに東、その猫ってなんで死んだんだ?」
「水瀬には元々病気で弱ってたんだろうと伝えた。けど、本当はそうじゃねえ。毒殺されたんだ」
「毒殺?」

水瀬は二匹の亡骸を見るのが辛いと言ってほとんど見ていなかったから気づかなかったんだろう。クロもミーコも泡を吹いて死んでいた。

「二匹が死ぬ前日、廊下で用務員のジジイがセンコウにチクってるのを聞いたんだ。『体育館裏で猫を飼ってる生徒がいる』ってな」
「まさかその用務員と先生が毒を盛ったのか?」
「ああ。けど、俺が聞いたのは保護団体に引き渡すって話だったから、センコウに怒られた後、お別れくらいはさせてもらえんだろうと思ってたんだ。実際は違ったがよ……。用務員のジジイは知らねえが、センコウのほうは動物嫌いだったんだ」
「でも、本当にそのセンコウがやったっていう証拠がねえだろ?」
「二匹が死んだ日の放課後、見ちまったんです。そのセンコウと用務員のジジイが俺と水瀬が作った墓を掘り返してクロとミーコをポリ袋に入れるところを」

怒り狂った俺はセンコウと用務員をボコボコにして病院送りにした。もちろんすぐに退学処分。俺が殴ったのは三学年の主任だった。

「東が高校を退学した理由ってそれだったのか」
「へい。もちろん水瀬には言ってません。言えばまた自分のせいだと責めますから。親の都合で転校したことにしてます」
「そうか。だからメイちゃんはあの黒猫のことをクロって呼んでたんだ」
「でもよター坊、一つ謎が残るんだよなぁ。昨日メイちゃんはなんであんなに酔ってたんだ?」
「そ、それは……」

思い当たる節を八神たちに話すと、兄貴に思い切り頭を叩かれた。

「東っ、おまえのせえじゃねえかっ!」
「女のほうが勝手に近づいて来たんです。会いたくて会ったわけじゃねえっすから!」
「じゃあ、メイちゃんは東に裏切られたって思ったわけだ」
「水瀬を裏切る? そもそも俺たちはそういう関係じゃねえ。裏切るも何もねえよ」
「ま、真意は本人に聞くのが一番だな。明日、お見舞いついでに聞いてみようよ。本人もこんなことになって気にしてると思うからさ」

翌日の昼過ぎ。
俺たちは水瀬が入院している病院へと足を運んだ。


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