時の扉を君とひらく | ナノ


▼ 過去(1)

煙草を吸うのに少し窓を開けると冷たい風が入ってきた。のぼせあがった頭を冷やしてくれる。欲望に負けて、酔って抵抗しない水瀬に俺は……。

「ったく、何してんだ……」

じわじわと強まる罪悪感を煙と一緒に吐き出した。
煙草一本を吸い終わる頃、八神と城崎先生、そして兄貴が事務所に戻ってきてようやく電気が点いた。ソファに横になっている水瀬は俺のジャケットに潜り込んでいて顔が見えない。部屋が明るくなっても身動き一つせず、深く眠っているようだった。

「なんだよ、電気も点けねえで。おい東、まさかメイちゃんに手ぇ出したりしてねえだろうな?」
「なっ、何をバカなっ!」
「バカとはなんだ、バカとは! その様子だと図星か?」
「まあまあ、海藤さんも東も落ち着いて。その辺は酔いが醒めたメイちゃんから聞けばいいよ。あ、どうした東? なんか困ることでもある?」
「べ、別にねえよ! あるわけねえだろっ」

八神が肩眉を上げてからかうような眼差しを向けている。こいつ、俺の顔色見て楽しんでやがるな!

「東さん、彼女さんが寒がっていると聞きました。早く着替えさせた方がいいと思います」
「城崎先生、こいつは俺の彼女でもなんでもなくて」
「違うんですか? 八神さんからそう聞きましたが」
「八神!」
「もう彼女じゃん。東がコクってないだけだろ」
「余計なお世話だってんだ! 水瀬はそんなんじゃ……」
「待ってください。この方は水瀬メイさんとおっしゃるんですか?」
「そうだけど。さおりさん、知り合い?」
「念のため顔を確認させてください」

俺がジャケットを取ると水瀬の青白い顔が現れる。その顔を確認した城崎先生は「間違いありません」と頷く。

「以前取り扱った件の依頼人です、彼女」
「依頼人って源田法律事務所にってことか?」
「はい。一年程前になります」
「なんの件で?」
「……婚約破棄に関する慰謝料請求です」

頭が真っ白になった。
水瀬が……婚約してた? 男にフラれたってのは聞いたが、それがまさか婚約者だったなんて。

「東、知ってたか?」
「……いや」
「おいター坊、なんかメイちゃんの様子おかしくねえか?」

額に浮かぶ汗、はぁはぁと繰り返される荒い呼吸、苦しそうに歪んだ表情。震えていた時よりも状態が悪くなっているのは一目瞭然だった。

「八神たちが来るまではこんなんじゃなかったぞ」
「俺、医者呼んでくる」

八神が事務所を飛び出して行った。
口も喉もカラカラで声がうまく出ない。水瀬が婚約していたこと、それを俺に話してくれなかったこと、苦しんでいる水瀬を目の当たりにしていること、すべてに衝撃を受けて全身がガタガタと震盪していた。

「東、しっかりしろ!」
「東さん、お医者様が到着するまで私たちにできることをやりましょう。お手伝いいただけますか?」
「も、もちろんです」
「ありがとうございます。……あの、東さん」
「はい」
「水瀬さんが依頼した内容については守秘義務がありますので本来ならお話できません。ですが、東さんにとって水瀬さんが大切な方だというなら話は別です」
「え?」
「水瀬さんとの将来を本気でお考えなら知っておいた方が、いえ、知っておいてほしい案件です。彼女の口から語られることはないと思いますから」
「さおりさん、実は俺とター坊もメイちゃんのことで気になってることがあんだよ」

きっと神室町ヒルズでのことだ。子供が苦手だと言って近づこうとせず、マスターからの急な呼び出しに逃げるようにその場を去って行った。シャルルで楽しそうに笑っていた水瀬とはまるで別人だった。

「東、いい加減腹くくれ。メイちゃんを守ってやれるのはおまえしかいないんじゃねえのか?」

水瀬の青白い顔を見る。こうさせてしまったのは俺のせいなのに。

「ぅ……ん……」
「水瀬さん! 大丈夫ですか? 源田法律事務所の城崎です。わかりますか?」
「……ひが、し、くん……」
「水瀬……」
「もう答えは出たみたいだな」

弱々しく伸ばされた水瀬の手を俺はしっかり握り締めた。
それからしばらくして八神が医者を連れて戻ってきた。水瀬は急性アルコール中毒で脱水症状を起こしていたらしく発熱もあった。その医者が以前働いていたという病院で点滴を受けることになり、救急車で搬送され三日間の入院。書類を受け取ったり説明を聞いたりで事務所に戻ってきたのは夜中の二時過ぎ。一旦解散し、その日の夜に源田法律事務所へ集合することになった。もちろん俺は一睡もできなかった。





「やっと来たな」
「東、大丈夫か? 顔色悪いよ」
「うるせえな。悪かねーよ」
「東さん、お待ちしていました。どうぞこちらに」

源田法律事務所に到着するとすでに兄貴と八神が入り口近くのソファに座っていた。城崎先生に促されて兄貴の隣に座る。顔色が悪いのは自分でも分かっていた。これから水瀬が一切話そうとしなかった過去を知らされることに正直血の気が引いている。

「それでは始めます」

城崎先生が八神の隣に座ってテーブルに置かれた分厚いファイルを開いた。
一年程前、水瀬は源田法律事務所に問い合わせの電話を入れ、ここにやってきた。依頼内容は婚約破棄による慰謝料請求。相手は一般企業に勤める園田という男で水瀬よりも三歳年上だった。

「ター坊、婚約破棄ってのは慰謝料取れんのか?」
「正当な理由じゃ慰謝料は取れない。けど、不当な理由なら請求できる」
「っていうと?」
「不貞行為とかDVとか、そういうのは婚約破棄になって当然だから正当な理由。本人が結婚したいと言ってるにも関わらず、一方的に好きな人ができたからとか親が反対してるから別れたいっていうのは不当ってこと」

水瀬の場合は相手の不貞行為による一方的な要求だったために慰謝料請求に至ったらしい。

「城崎先生、水瀬はその園田とかいう男とどれくらい付き合ってたんですか?」
「二年と聞いています。水瀬さんはすでに園田の両親に挨拶を済まされていました」
「そっか。それなら慰謝料請求して当然だな」
「両親に紹介しといてメイちゃんを捨てて浮気相手を選んだってわけか。相当なクズだな」
「さおりさん、その浮気相手は?」
「水瀬さんから聞いた時は私も耳を疑ったんですが、園田の浮気相手は……水瀬さんのお姉さんです」
「なんだって?!」

三人同時に大声を上げた。
一体これは……どうなってんだ……。


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