東徹の部屋 | ナノ


▼ 会いたい会いたい

いつもなまえは音楽を聴きながらここにやってくる。そして俺がバックルームから現れるとイヤホンを外して「東さん」とニッコリ笑うのだ。
それは今日も変わらない。ただ一つだけ違うのは、俺を見て「東さん」と言ったなまえの顔が笑っていないことだ。緊張で表情が強張っている。

「よう」
「うん……」

二週間程前に些細なことで言い合いになった。俺もなまえも不器用で、なんて声を掛けていいのかわからず、俺は連絡をしなかったし、なまえも連絡を寄越したり会いに来たりしなかった。しかし、心境が変わったのか今日になって閉店間際のシャルルに突然やってきた。

「ボサっと突っ立ってんなよ。こっち来い」

何も言わずに頷いたなまえはバックルームに入ってきて、ソファの端っこに小さくなって気まずそうに座った。俺も隣に腰を下ろす。ぎし、と音を立てて沈んだ革のソファになまえの肩がぴくりと動いた。

「久しぶりだな」
「うん。……あの、これ」

差し入れです、と渡された袋。中を覗くと前に俺が美味いと食っていたデザートと缶コーヒーが入っていた。ちゃんと二つずつ買ってきているところがなまえらしい。一緒に食べたいと言ってるようなもんだ。

「わざわざ買ってきてくれたのか」
「うん」
「食おうぜ」
「……でも」
「腹減ってんだ。ほら」

緊張から少し解放されたのか、ホッとした表情でなまえはデザートと缶コーヒーを受け取る。そしてお互い無言のままプルタブを引き、蓋を外してそれぞれ好きなように口の中へ。

「東さん、ごめんなさい……」
「もう怒ってねえよ。俺も少し言い過ぎた」

薄汚れたちっさいゲーセンの片隅で、安価なコンビニスイーツとコーヒーを食いながら仲直りなんて……最高だ。

「なぁ、ずっと気になってたんだけどよ、お前、ここ来るまでなんか聴いてるよな。何聴いてんだ?」

カップのふちにあるクリームをスプーンで掬っていたなまえの手が止まった。

「何って……音楽。いろいろ」
「それはわかってんだよ。今日は何聴いてたんだ?」
「ひ、東さんが知らない曲」
「なんだよそれ。知ってるかもしんねえだろ」
「絶対知らないから!」
「じゃあ、教えてくれよ」

なまえの顔がみるみるうちに真っ赤になった。恥ずかしいのか困っているのか、複雑な表情をしながらスマホを操作して、乱暴に「どうぞっ」と渡してきた。スマホから音楽が流れて女性が歌い出した途端、なまえは俺に背を向けてしまった。

会いたい 会いたい──

その言葉がたくさん詰まった歌だった。
まるでなまえの心情を歌っているかのような。この感情を今すぐ伝えたい、そんな歌詞の愛の歌が狭い部屋に甘ったるく響いている。

「東さん」

背を向けていたなまえが控えめに首だけ捻って俺を見る。その目には涙が滲んでいて、目が合った瞬間消えてしまいそうな小さな声で名前を呼ばれた。

「会いたかった……」

なまえはどんな気持ちでこの曲を聴いていたのだろう。
無意識に手を伸ばし、頭をくしゃりと撫で、背中から抱き締めて、キスをする。そうしている間に曲は終わった。が、すぐにまたなまえのスマホは『会いたい 会いたい』と歌い出す。曲はエンドレスリピートになっていた。
俺が連絡をしなくなってから、なまえは朝も昼も夜もずっとこの曲を聴いていたのだろう。「会いたい会いたい」と想いを重ねながら。
そう思ったら一気にいとしさが込み上げて堪らなくて。
 
「俺も、会いたかった」


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