東徹の部屋 | ナノ


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神室町は24時間ずっと人で溢れてる。だからこそ孤独を感じるのかもしれない。
あちこちから聞こえる声、目が眩むようなネオン。今はそれに誤魔化されて『ああ、今日はなんて楽しくて充実した一日だったんだろう』なんて気分になっている。でも、電気の点いていない自分の部屋に入った途端、数分前までの今があっという間に過去になる。そこにあったはずの喧騒もネオンも無くなり、ルームランプが静寂に包まれた部屋と自分を照らしているだけだ。
一気に押し寄せる喪失感と孤独。特にそれが好きな人と一緒に過ごした時間だったなら……なおさら。

「ん? どうした?」

東さんがぽんっと軽く私の頭に手を置いて、小さく微笑みを浮かべている。
半年前、八神探偵事務所にお願いした依頼をきっかけに東さんと出会った。怖そうな人だなと思ったら、八神さんや海藤さんにからかわれて怒ったり笑ったり。表情豊かで優しい人だと知ってしまって、会えば会うほど好きになる。
今日は東さんから飲みに誘ってもらい、日付が変わるギリギリまでバーで話し込んだ。金曜の夜だからかタクシーが掴まらず、家まで送ってくれるというので甘えることにした。
真面目な話からくだらない話まで嫌がることなく聞いてくれるし、私も東さんの話を聞くのが好きだから、お酒も話も美味しくいただいた。

「浮かねえ顔してたぞ」
「そんなことないですよ」
「そうか? じゃあ、もう夜も遅ぇから化粧が剥げちまったとか?」
「ちょっと!」

隣にいる東さんの横腹を軽く肘で小突いたら「おぉ、痛ぇ」と嬉しそうに笑った。
眉間に皺を寄せてる顔は怖いのに、たまにこうして無防備な顔をするから心臓に悪い。こんな屈託のない笑顔を見せられたら、好きになるに決まってる。

「この辺だったよな? おまえんち」
「そうです。あのアパート」
「んじゃあ、ここで大丈夫か?」
「はい」

神室町の人混みもネオンも遠くなってしまった。
目の前にいる東さんも居なくなっちゃうな。
そう思うと涙が零れそうになる。でも、今はまだ泣かない、泣けない。今泣いたら東さんは絶対に心配する。優しい人だから。だから我慢して笑う。

「わざわざ送ってもらってありがとうございました」
「別に礼を言われるほどのことじゃねえよ」
「それじゃ──」

おやすみなさい、と言おうとした。けれどそれを東さんが遮った。

「なんか、今日楽しかったよな」
「え?」
「バーで飲み始めてからここまでずっとおまえと話してたからよ。おまえ、ギャーギャーうるせえだろ? だから……、急に静かになっちまうのが物足りねえっていうか、なんて言うか」

東さんは照れくさそうな表情を浮かべて私から視線を逸らした。

「悪ぃ、ヘンなこと言っちまった。今のは忘れて……って、お、おいっ!?」

頑張って我慢していたのに泣いてしまった。でも泣き顔は見せたくないから東さんに抱き着いて、彼の胸に顔を押し付けた。

「楽しかった。だから、寂しい」

嘘をついた。
楽しかった、じゃない。楽しすぎた。幸せすぎた。そして、すごく寂しい。
少し前にぽんっと軽く頭に触れた東さんの手が、今は何度もくしゃりと私の頭を優しく撫でている。

「そ、そんなに泣くんじゃねえよ」
「東さんのせい」
「そりゃ悪かったな」

頭のすぐ上で東さんがフッと笑った。

「これから家に帰るってのに……まったくおまえは」

ずっと頭を撫でてくれているので顔を上げるタイミングがわからない。しばらくされるがままになっていたが、時間が経つにつれて恥ずかしさが募ってきた。思い切って顔を上げてみると東さんは困ったような顔で微笑んでいる。
我に返り慌てて身体を離そうとしたら、今度は東さんに強く抱き締められた。

「泣いてるおまえを『はい、さよなら』っつって俺が帰すと思うか?」
「すいません」
「……一人になんかさせるかよ」

ぎゅっと東さんの腕が私の身体を締め付ける。
苦しい。でも、心地良い。
もう喪失感も孤独もここにはない。あるのは私と東さんの体温と鼓動だけ。

「東さんも寂しい?」
「寂しくねえ。……わけねえだろ、バカ」

荒っぽい言葉なのにその声はあまりに優しい。
引っ込んだ涙がまた溢れてくる。すると「また泣きやがって」と東さんの手が私の頭を撫でる。
しばらく顔を上げられそうにない。


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