▼ 02:長い夜のはじまりはじまり
彼女との再会は割と早かった。
東城会での会議が終わり、劇場前通りを車で通過する途中、広場でギターをケースに仕舞っている蓮ちゃんを見つけた。時間はもうすぐ19時になろうとしている。ちょうど路上ライブを終えたのだろう。ライブ中だったら客に囲まれてしまい、見つけられなかったかもしれない。
「西田、車停めろや」
「はい。忘れ物ですか?」
「ちゃうわ! ちぃとここで待っとけ!」
車を路駐させ、足早に蓮ちゃんの許へ。
「蓮ちゃん!」
「あ、先日の」
先日はありがとうございました、と蓮ちゃんが俺に頭を下げる。
どうやら覚えていてくれたらしい。
「ライブ、もう終わってしもたんか?」
「はい。あまり遅くまでやると『うるさい!』って怒られちゃうので」
「そないなこと言うヤツおるんか。蓮ちゃんの歌声に失礼やっちゅうねん!」
「ふふ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
「俺はお世辞なんか言わんで。ホンマにそう思うとる」
「そんな風に言われちゃうと……照れます」
少し困ったような、はにかんだ笑顔でペコッと軽くお辞儀をした後、蓮ちゃんがちなみに、と口を開く。
「お客様はどうしてここに? お仕事帰りですか?」
「え、あ、せやねん。会議があってのう、めっちゃ疲れとったから蓮ちゃんの歌声に癒されたかったんやけどなぁ」
たまたま蓮ちゃんの姿を見かけ、歌声が聞けたらと思っていたが、ライブが終わっていて残念だ、と告げた。
半分は本当だが、正直何も考えず、勢いに任せてここに来てしまったというのが本音だ。
「あの、明日金曜日なので私、バーにいます。もしよければ1/fに……どうですか?」
「ええんか?!」
「もちろんです。えっと、お名前……」
「真島や。真島吾朗」
「真島さんですね。じゃあ、明日お店でお待ちしてます」
「おおきに! 明日楽しみにしとるで」
これは、誘われたのか?
いや、単なる営業トークだろう。
でも、それなら人数を確認するはずだ。
大吾や柏木さんを連れて行くかもしれないのに、人数を聞かれなかったということは……俺一人でってことか?
「私も楽しみにしてます。では」
「ほ、ほなな」
律儀に三度目のお辞儀をして蓮ちゃんが去っていく。その背中を見送っている俺の口許は綻んでいるに違いない。
姿が見えなくなり、俺は車に戻った。
「あ、親父。お疲れ様です」
「……おう」
「どうしたんすか? 何かあったんすか? あの女誰っすか?」
「えぇいっ、すかすかうるさいねん! 無駄口叩かんとさっさと車出せや!」
気持ちはもうすっかり明日に飛んでいる。
*
昨日と同じ19時。
1/fに向かっている道中、やけに泰平通りがザワついていた。
「何かあったんでしょうかね?」
「さあな。……お、西田、ここや。ほな、あと頼んだで」
「はいっ」
車を降り、店のドアハンドルに手を伸ばしたところでドアに掛かった "CLOSED" の看板が目に入る。
「あぁ? ここ、19時からやったよな?」
そのままドアを押してみると簡単に開いて、マスターの佐伯がバーカウンターでグラスを磨いていた。客は一人もおらず、気づいた佐伯が「ようこそ真島さん、お待ちしてました」と俺を店の中へ。
「佐伯ちゃん、ドアに閉店の看板ぶら下がったままやで」
「それ、実はわざとでして。さきほどチンピラ同士の大きなケンカがあったんです」
「それでこの辺騒がしかったんか」
「ええ。店先でやられたもんですから、万が一中に入られると面倒なことになるので閉店の看板を。店のイメージも悪くなりますから」
「……っちゅうことは、今んとこ客は俺一人なんか?」
「今日のこの様子じゃ誰も寄り付かないと思います。それに、今日真島さんは水原が招待した大切なお客様ですから」
「ほな、貸切で蓮ちゃんの歌聴けるんか?!」
「はい。今、水原を呼んできます。どうぞお好きな席に座ってください」
佐伯が蓮ちゃんを呼びに控え室へと姿を消した。
(一人取り残されたんやけど。好きな席にって言われてもなぁ……)
あまり今まで経験したことのないシチュエーション。
客が誰もいない状況で好きな席に座ってください、と言われたら心理テストをされているようでやけに慎重になる。
(俺一人しかおらんのに、この前座った席に座ってもうたら蓮ちゃん緊張するやろなぁ。かと言って一人掛けのソファ席はステージから遠いしのう。せやけど蓮ちゃんの歌聴くのにカウンターっちゅうのも寂しいなぁ)
迷った時は、アレしかない。
ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な
か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り
指差したのはカウンター席。
蓮ちゃんが歌ってる時はそちらを向けばいいか。一番ステージ側に近い席に座ることにした。
「真島さん!」
「っ、おう」
ドクン。
控え室から出てきた蓮ちゃんの姿を見て、この前と同じように大きく心臓が鳴る。そして彼女の笑顔がふと昔歌っていた曲のワンフレーズを思い出させた。
これから長い夜が始まる。
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おいでめしませ お姫様
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