ポニテとテクノと私 | ナノ


▼ 07:今ここにある

家にいれば夢の中、外に出れば現実。
ここ最近そう感じることが多くなった。
バイト先の人たちが冷たいことは仕事を始めてすぐにわかったけど、少しずつ当たりが強くなってきている。それはゴロちゃんがここで働き始めた日から。

ここのコンビニは立地が悪く車が入りにくいのと、すぐ近くに他の大手コンビニがあり、そっちに人が流れるので正直よく潰れないなと思うくらい暇。
そのせいで無駄話も多くなる。

「浅川さん、前に発注した商品の個数、間違ってない?」
「え?」
「焼肉弁当、大量に余っててオーナー怒ってたよ。私、ちゃんと教えたじゃん」

たしかに教えてもらった。でも、私がその時聞いた数と今彼女が言っている数が20も違う。
そんな間違いするわけない。前にも同じようなことがあったが、頑なに彼女は『私はちゃんと教えた』と言い、オーナーも奥さんも彼女を信じる。
オーナーはまだ『次気をつけて』と言うくらいだが、奥さんと彼女はネチネチと説教をして、最終的にゴロちゃんとの関係に因縁をつけてくる。

「はぁ〜。この様子じゃきっと真島さんも苦労してるんだろうね」
「…………」
「やっぱ色仕掛け?」
「はっ?」
「だってそうじゃん。イケメンの真島さんと浅川さん、誰が見ても……どうやって捕まえたのかなって思うよね」

レジカウンターの中でギリギリと拳を握り締める。
釣り合わないってことを言いたいんだろうけど、色仕掛けだなんて。

「もう解放してあげなよ。好きなゲームキャラに似てるから付き合ってるんだよね? 疑似恋愛に付き合わされてる真島さんのことも考えたほうがいいと思うけど」

そんなことない! と言いたかった。
でも、疑似恋愛というワードが心を串刺しにして声が出なかった。
私は真島さんもゴロちゃんも好きだ。本当に好き。だけど、存在しない彼を好きだと思う気持ちは言われた通り、疑似恋愛、なのか……。

「ちょっと! 聞いてる? ──あ、いらっしゃいませ」

お客様が来た。
そこからの私は虚ろ。何人かレジ対応をしたが感情の無いロボットだった。
気づけば勤務時間は過ぎていて、交代ですと肩を叩かれるまでボーっとレジに立っていた。
彼女はすでにいなかった。

帰りの電車に乗ってすぐに雨が降ってきた。
静かに窓が濡れる程度だったのがバチバチと音を立てるくらいに激しくなり、電車を降りてからも雨は止まない。

「……最悪」

今日の天気予報では雨だなんて一言も言ってなかったのに。
どんよりした気持ちで改札を抜けると横から「おい」と聞き慣れた声。

「ゴロちゃん」
「小雨くらいなら大丈夫やろ思とったんやけど大降りになってしもたからなぁ」
「迎えに来てくれたんですか」
「傘、持って行かんかったやろ?」

ほれ、と差し出された傘を受け取り駅を出る。
一本遅い電車に乗ってしまったから待たせてしまっただろう。
激しく降る雨の一粒一粒が開いた傘と地面を鳴らす。

「今日は忙しかったんか?」
「うん」
「珍しいなぁ。いつも柊の時間帯は暇や言うとったやろ」
「うん」

横に並んで歩くのが後ろめたくて、ゴロちゃんと少しだけ距離を置いて歩く。
傘で顔を隠すようにして歩いているから、前を見てもゴロちゃんの足元しか見えない。

「忙しくて良かったなぁ。アイツら、ホンマに無駄話好きやから疲れてまうわ」
「うん」
「しょーもないことばっか言いよって。少しは真面目に仕事せぇっちゅうねん」
「うん」
「……柊」

ピタリ、とゴロちゃんの足が止まり、つま先がこちらを向いた。

「お前、さっきから『うん』ばっかりやな」
「……うん」
「嫌味言われたんとちゃうんか?」
「…………」
「嫌がらせ、されとんのやろ? なぁ、顔見せろや!」

グイッと傘の前部分が上に引っ張られ、溜まった雨粒が弾けた。
私は泣いていた。

「……バレちゃった」
「あんな暗い顔して電車から降りて来て、バレたもクソもあるかいな」

すっと伸びてきたゴロちゃんの指が私の涙を掬う。
ごつごつとした男の人の指の感触、温かい。

「何言われたんや?」
「ゴロちゃん」
「なんや?」
「好きになってごめんね」
「き、急に……なんやねん」
「わかってるの。こんな気持ちを抱いたって何の形にもならないことくらい。所詮は疑似恋愛だって……」

力の抜けた私の手から傘が落ちた。
容赦なく雨が打ち付けて流れる涙と混じり合いながら全身を濡らしていく。

「そう、言われたんか」
「…………」
「ほんなら俺の気持ちも嘘言うんか?」
「……え?」
「俺がお前を好きになったのも疑似恋愛言うんか?!」

ゴロちゃん。
そう名前を言う前にゴロちゃんの温もりに包まれた。身体も、唇も。
ゴロちゃんは傘を放り投げて私の身体を強く抱き締めた。初めて出会ったあの時のように。
お互いの存在を確かめ合いながら、しばらく私たちはどしゃ降りの雨の中、キスをした。

「俺がここにおるってわかるか?」
「うん」
「たしかに俺は柊の世界に生きとる人間やない。せやけど今はここにおるんや」
「うん」
「アイツらが柊のこと悪く言うたびにめっちゃムカついて、腹立って、悔しくてしゃーない! せやから柊がどんだけ頑張って、一生懸命やってくれとるか言うてやったんや」
「うん」
「そしたら、気づいてしもて。俺な……、柊が好きや。疑似恋愛なんかやない。俺らの気持ちはホンモノや」
「うん」

また『うん』ばっかり言いよって。
冷えた鼻を指で軽く弾かれ、クスクスと二人で笑った。





「お前ら何してきたんや。ずぶ濡れやんけ! お前、柊ちゃん迎えに行ったんとちゃうんか?」
「傘がブっ壊れたんや」
「二本もか?」
「風が強うて柊のも壊れたんや。あんな安物のビニ傘、すぐ折れるに決まっとるやろ。柊、風邪引かんようにすぐ風呂に入ったほうがええで」
「うん」
「……ほ〜う」

真島さんの鋭い視線が私の背中に向けられていたことを、その時はまだ知らない。


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