ポニテとテクノと私 | ナノ


▼ 06:コーヒーカップは重ねられない

数日が経ったある日。
いつものようにゴロちゃんがコンビニのバイトに行き、私と真島さんが朝食を食べ終えた頃。

「柊ちゃん、明日から俺も仕事しに行くで」
「……え? えぇっ?」

突然の宣言に持っていたコーヒーカップを落としそうになった。
履歴書不要、日雇い、日払い。三拍子揃った工事現場や、と私とは対照的に優雅にコーヒーを啜っている真島さん。

「い、いつの間に決めたんですか?!」
「もう決まったんやからそんなもん気にせんでええやろ」

真島さんがここに来てから早い段階で家の中にずっといるのはしんどいと言われていた。
たしかに身体を動かすことが好きな真島さんにとって退屈なのは間違いなかった。可哀想に思った私は一般的な服を着て近所を散歩するくらいならと外出を許していたのだが、たぶんその時に仕事の面接へ。
どうやって仕事を見つけたのかとか、履歴書無しでいきなり採用されてしまうような工事現場は大丈夫なのかとか、とにかく心配なことだらけ。

「万が一真島さんのことがバレたらっ」
「大丈夫や。その現場ジジイばっかやし、エラい男前なのが来たなぁとしか思うとらんはずやで」
「その仕事、本当に大丈夫なんですか?」
「アイツが金稼いで俺が何もしないっちゅうわけにいかんやろ。まとまった金が入るんや。そのほうが柊ちゃんに負担かけずに済むやろ」
「私は、大丈夫ですけど」

ずっと二人に居てもらっても……。
そう口走りそうになり、慌てて残っていたコーヒーを一気に飲んだ。

「俺も限界やしなぁ」

その言葉に胸がチクリと痛む。
二人とも早く元の世界に戻りたいんだ。だからゴロちゃんはやりたくもないコンビニでバイトをしているし、真島さんも工事現場で仕事をすることに。

真島さんがテーブルにコーヒーカップを置く音が聞こえる。
私は手元にある自分のカップをじっと見つめ、弱々しく「そうですよね」と呟いた。

「柊ちゃん、限界言うたのは今の生活のことを言うとるんやないで」
「じゃあ、どういう──」

隣に座っている真島さんを見て言葉が自然と止まった。
私のほうに向けられている視線は、数日前にゴロちゃんが私の頬に手を当てて見つめてきた時と同じ熱視線。
伸ばされた手に私のコーヒーカップが奪われテーブルの上に置かれた。その音がやけに大きく聞える。

「この狭い部屋の中に二人きり、同じソファに男と女が並んで座っとるんや」
「真島、さん」
「柊ちゃんが俺のこと好きやって知っとるし、俺も柊ちゃんのこと可愛え思とるんやで」

ずしり、とソファが沈み、私の身体を押し倒した真島さんが真上で妖艶な笑みを浮かべている。

「アイツにも言われたやろ? 『可愛え』て」
「それは……」
「ここに来て柊ちゃんが目ぇ覚ます前にアイツと話しとったんや。『辿り着いた先がええ女の部屋で良かったなぁ』ってな」

真島さんの親指が私の唇をなぞる。
全身が心臓になってしまったかのようにバクバクと音を立てて力が入らない。

「もし柊ちゃんがこっちの人間やったら、何も考えんと思いっきり抱いとるで」
「っ!」
「たぶんアイツも同じこと考えとる。俺やからな。……この世界に存在してへん人間がこうして柊ちゃんに触れたらあかんのや。せやけど、長く一緒におればおるほど……」

そこから先の言葉は紡がれることはなかったが、私の髪を撫で上げている真島さんの指がその先を想像させる。
熱い指は耳朶を挟み、頬を撫で、首筋を滑り、肩から下へと身体の線を辿る。

「まじ、ま、さんっ」
「……ヒヒッ! 驚いたか? 冗談や〜。柊ちゃん悪徳商法とかに騙されやすいタイプちゃうか?」

放心状態の私を見ていつものように悪戯な笑い声を上げながら、わしわしと私の頭を撫でる。

「俺が限界言うたのは身体動かせんのが限界いう意味や。……ま、ガッポリ稼いだるから期待しとってやぁ」

テーブルに並んだコーヒーカップを持って真島さんはキッチンに。

その笑い方も、そのわざとらしい話し方も、好きだからわかる。
それは本音を隠すためで、冗談なんかじゃないでしょう?

食器を洗い流す水の音を聞きながら、しばらく私はソファに沈んでいた。


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