ポニテとテクノと私 | ナノ


▼ 05:ええ子

「大根としらたきとたまご、二個ずつ」

言われたとおりの物を安っぽい容器に入れ、千円札を受け取り、お釣りと商品を渡す。
そんな短い間にふと脳裏に過るあっちの世界。

(おでん、か。佐川は血眼で俺のこと探しとるやろな。グランドのみんなは大丈夫やろか……)

「真島さん、交代です」
「あ、ああ。引継ぎは特にありません」

勤務終了の10時になり、大学生の女の子と交代する。
店内に客はおらず、こんな機会じゃないと真島さんに訊けないから、と声をかけられた。

「なんですか?」
「真島さんて、浅川さんに言われてそういう格好してるんですか?」
「はぁ?」
「彼女、オタクでしょ? 休憩の時に龍が如くが好きって言ってたから……。奇跡的に苗字も一緒だし、顔も声も激似だから真島吾朗みたいにしてって言われてるのかと思って」
「いや……、元々俺はこういう感じですから」

(あかん。柊の言うとおり普段の喋り方してもうたら、完全にコスプレしとる思われるわ)

柊からバイトをしている最中は、『支配人の話し方で! 間違ってもいつものゴロちゃん出したらダメですからね!』と念押しされていた。

「あ、じゃあ! 浅川さんと付き合いだしたきっかけって──」

話の途中で入店音が鳴り、タイミングよく客が入ってきた。
お疲れ様でしたと挨拶をしてすぐさまバックヤードへ。
面倒な質問をされずに済んだと胸を撫でおろしたのも束の間、エプロンを外し、帰ろうとしたところでオーナーのオバはんと鉢合わせた。正直、高確率でこのオバはんと鉢合わせる。

「真島君、もう帰っちゃうの?」
「仕事終わりましたから」
「お疲れ様〜。真島君が来てくれて本当に助かってるの。若い男の子も何人か採用してるんだけどすぐ辞めちゃうのよ〜。根性ないわよねぇ」

(それはお前がしつこく纏わりついてるからちゃうんか?!)

実際には深夜帯に二人、男のバイトがいる。一人がオッサン、もう一人は若いがオバはんのストライクゾーン外。
ただ単にその男たちを男として見られないというオバはんの好みの問題なのだ。

「疲れたでしょ? これ、作って来たのよ。朝ご飯にでも食べて」
「奥さんが?」
「ええ。きっと真島君の口に合うと思うわ。それにちょっと言いにくいんだけど……、真島君、浅川さんにいい物食べさせてもらってないんじゃないの?」
「どういう意味ですか?」
「ほら、ね、あの子ちょっと不器用じゃない? 気が利かないっていうか、ちょっとミスも多いのよね。だからあまり家事とかもちゃんとできてないんじゃないかと思って」

真島君は顔色があまり良くないからちゃんと食べてないんじゃないの? とか、若いのに目の下に隈ができてるからストレスで夜眠れてないんでしょ? とか、人のプライベートにどんどん首を突っ込んでくる。

(ペラペラペラペラ……、よう動く口やなっ!)

「もし浅川さんとのお付き合いに疲れたら……、いつでも相談してちょうだい。知り合いの娘さんがね、とてもいい子なのよ! 真島君にきっとお似合いだと──」
「お気遣いありがとうございます。俺は夜、バーでも働いていますから、顔色が悪かったり目の隈はそのせいです。柊はいつもしっかりやってくれていて、料理も美味いですし、俺を支えてくれています。……これ、柊と二人でいただきます。それじゃ、お疲れ様でした」
「お、お疲れ様。ま、またね」

店の外に出て、駅に向かい、電車で帰る。

(チッ。何入れられとるかわかったもんやない。気色ワル)

駅のホームにあったゴミ箱に、オバはんから貰った "何か" を乱暴に突っ込んで電車に乗った。





「あ、ゴロちゃん、お疲れ様!」

帰宅した俺を柊がいつものように出迎えてくれる。
バイト先の人間にあまりいいように思われていないことを柊は知っているんだろうか?

「今日も食べていかなかったでしょう!」
「朝早うて腹に入らんのや」

栄養を考えて作ってくれたスープに、俺が気に入ったパンとコーヒー。
事前に柊にはいらないと伝えているのだが、仕事前に少しでも食べないと、と前日の夜、寝る前に朝食の準備をしてくれている。

「そういやアイツはどこ行ったんや?」
「朝から上の階の人がうるさくて……。『俺の出番やな』って張り切って行きました」
「行かせて大丈夫なんか?」
「実はずっと前から困ってて。暴力は振るわない、脅さないっていう条件でお願いしちゃいました」
「ま、無理やろな。はぁ、そんなことより腹減ったわ」
「あのね、今朝お米炊いたんです。パンばかりだと飽きちゃうと思って。ゴロちゃんが味噌汁飲みたいって言ってたからワカメと玉葱の味噌汁も作ってみたんですけど」

柊は……、たしかに不器用だ。
でも、気も利くし、俺たちのために一生懸命やってくれて、オバはんの言ってた知り合いの娘なんかよりずっといい子だ。

「ゴロちゃん?」
「柊」

俺は初めて出会った時のように、柊の腕を引いて抱き締めた。
無意識、それでいて抑えきれない感情がそうさせた。
すっぽり腕の中に収まった柊の体温が肌に伝わってくる。

「あ、あのっ……、ゴロ、ちゃん?!」
「いつもおおきにな」

頭を撫でて、髪を指で梳かすように通してみる。
それは柔らかで、指の間を通っていくたびに女の香りがした。

「や、やだ」
「柊はええ子や」
「ゴロちゃん……、ど、どうしちゃ──」
「ずっとずっとええ子で、可愛えで」

柊の頬に手を当て、顔を上げさせる。
真っ直ぐ俺を見つめる柊の瞳はキラキラしていて吸い込まれそうだ。

「ご……、ゴロちゃん、わ、私……」
「柊ちゃ〜ん! 戻ったでぇ! たぁーっぷり説教してやったわ」

ガチャリと勢いよく扉が開き、もう一人の俺が調子よく帰って来て、慌てて柊が身体を離した。

「あ? 柊ちゃん、どないしたんや?」
「え、あ、……何でも、ないです」
「せやけど、顔、真っ赤やんか。……ひょっとして、二人で何か "お楽しみ" だったとか……」
「俺のために今日は和食作った言うから、美味そうやなぁ言うて味噌汁覗き込んだらこれや。いつものことやろ」
「……ほぉ〜ん。ちなみに、お前のためちゃう。俺らのためや」
「ゴロちゃん、お腹すきましたよね。すぐ準備しますから。真島さんもコーヒー淹れますね!」
「……あぁ、頼むわ」

微妙な空気のまま、三人でしばらく過ごすこととなる。

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