ポニテとテクノと私 | ナノ


▼ 03:例のお店へ

二駅分電車に乗る。10分程で街の中心部に着き、私のバイト先もそこにある。

「なぁ、なんでみんな下向いとるんや?」
「コレ見てるんです」

私は握っていたスマホを見せた。
ショルダーフォンの未来の姿ですと教えると「ホンマかいな!」と興味津々な様子で画面に映し出したSNSや動画を上から覗き込んでくる。
こうして接近されるとゴロちゃんの背の高さや身体の大きさをより感じてしまうし、ボタンが二つ外されたワイシャツから見えるゴールドのネックレスが時折揺れるのがなんだか生々しくて。

「柊、どこ見とんのや?」
「あ、えっと……」

いつの間にかスマホの画面から私に視線を移していたゴロちゃんの瞳とガッチリ目が合う。慌てて車窓の外へと目をやる。

「お前はホンマに俺のこと、」
「あ、着きました! 降りますよっ!」

ゴロちゃんの言葉を遮り、彼の手を引いて電車を降りた。

「これからどこ行くんや?」
「ドンキです」
「ドンキ?」
「♪ドンドンドン ドン・キ ドン・キホーテ〜」
「おぉ、ドン・キホーテってこっちの世界にもあるんか!」

むしろこっちの世界のモノがゴロちゃんの世界に入り込んでいるんだけど、目をキラキラさせて感動している彼を前に真実は言わないでおくことにする。
改札を出てドンキに向かうが、ゴロちゃんが繋いだ手を離そうとしても離してくれない。

「あの、ゴロちゃん、手……」
「手がどうかしたんか?」
「繋いで歩くの……、恥ずかしくないですか?」
「ここは柊の世界や。俺が迷子になるかもしれんやろ」
「そんなこと、あるわけないです!」
「わからんやろが。それに、こうしとったほうが安心や」

艶のある笑みを向けられて顔から火が出そうになる。
勝手に狂犬覚醒前はクールで真面目な支配人ゴロちゃんと思っていたけれど、さりげなくそういう表情をしてしまうのは彼の天性なのだと確信した。

「い、行きますよ!」

覚悟を決めて、ゴロちゃんの手を引き街中を歩く。
本当はゆっくりこのデート気分を味わいたい。でも、長居して "真島吾朗に似た人が歩いてる" と勝手に写真を撮られたり、絡まれたりするのが嫌だった。
ドン・キホーテに到着してからは店内を一通り見て回り、必要最低限の物を購入した。





真島さん二人分の細々した日用雑貨から下着や部屋着、ハイライトのカートンや食糧に至るまで、とにかくこれからの生活に必要なものをたくさん購入した。

「重たいやろ? 持ったる」
「もう他の荷物持ってもらってますから、これくらいは──」
「ええからこっち寄こせや」

持っていた荷物は奪われゴロちゃんの手に渡る。……優しいな。

「はぁ、それにしてもまさか消費税が10%になっとるとは信じられんのう。お前バイトやろ? こないに金使うて大丈夫なんか?」
「多くないですけど貯金はあるのでなんとか。ただ、それはこれからの生活費ですね」

私の最終目的は真島さんたちを元の世界に帰すこと。
ただ、彼らが通って来たと思われるテレビやパソコンのディスプレイが割れてしまっている以上、真島さんたちは帰れないだろう。
まずはその二つを購入しなければならないが、ゲームをそれに映し出したところで帰れるという保証はどこにもない。
三人での生活がいつまで続くのかがわからない以上、生活費を削ることはできない。貯金は生活費に充てて、テレビやパソコンのディスプレイはバイトで稼いだお金で買うことに。
消費者金融でお金を借りることも考えたけれど、それは二人の真島さんから「止めとき!」と怒られてしまったので、言うことを聞くことにした。

「あら? 浅川さんじゃない?」

ドンキを出てからゴロちゃんとの話に夢中になっていて、前から歩いて来ている女性に全く気付かなかった。
声をかけてきたのはバイトでお世話になっているコンビニオーナーの奥さん。
50代で人の噂話が好きな、正直私が苦手とするタイプのオバさん。

「浅川さん、お付き合いしている人いたのねぇ! 教えてくれてもいいのに」
「いえ、あの……」
「男前の素敵な彼氏さんじゃない。お名前は?」
「彼は彼氏じゃなくて──」
「真島と申します。いつも柊がお世話になっております」

トクン、と胸の音が聞こえた。
そう奥さんに頭を下げるゴロちゃんに驚いて顔を向けると、表情もオーラも完全に支配人モードになっていた。

「いいえ、こちらこそ。あなた、お仕事は何なさってるの?」
「バーで働いております。まだ見習いですが」
「そうなの〜? 今度飲みに行こうかしら。けど、バーならお仕事は夜なんでしょ? お小遣い稼ぎに昼間うちのコンビニで働いてみない? いつでも募集してるから」
「考えておきます」

奥さんはすっかりゴロちゃんの妖艶な笑みにメロメロで、私の存在がないかのように一方的にゴロちゃんに話しかけている。
上手い具合に区切りを付けて「それでは」と話を切り上げるところは、さすがゴロちゃんの話術だなと感心しつつ、面倒な人に見られてしまったと首を垂れる。
じゃあね、とゴロちゃんに手を振って奥さんは私の横を通り過ぎて行った。

「なんや、あのオバはん」
「私がバイトしてるコンビニのオーナーの奥さん。……ねぇ、どうして彼氏じゃないって言わなかったんですか?」
「あの調子なら、彼氏やない言うたら『じゃあどういう関係?』て聞いてくるのが目に見えとる。あの場面では素直に下手に出んのが正解や」
「さすが支配人」
「やめぇや。好きでやっとるんちゃうわ」

はぁ、と大きく溜め息をついてゴロちゃんは歩き出し、私も着いて行く。
あくまでもあの場を乗り切るための嘘……。胸が苦しくなった。

「バイト募集しとるんか?」
「いつもです。どうしてだと思いますか?」
「せやなぁ……、その柊の顔見たらあのオバちゃんが原因やろな」
「……正解」
「そない最悪な職場、逆に興味出てきたわ。俺、柊と一緒に働くわ」

奥さんがあの様子なら履歴書も面接もなく採用してもらえるはずだから、私と同棲していることにして、稼いだお金は私の口座に振り込むようにすればいい、との提案に私は「何、冗談を」と返したが、数日後にそれは本当に実行されることとなる。

「あ、真島さんにお土産買って帰らなきゃ」
「別にええんとちゃう? せやけど俺のことやから不貞腐れるか」

家に着くまで、ずっと手は繋がれたままだった。

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