ポニテとテクノと私 | ナノ


▼ 01:突き破って来た二人

スマホにセットした "24時間シンデレラ" が流れ出す。朝だ。
ボーっとした頭で真島さんの声を聴きながら「ダルい、休んじゃおうかな」なんて思いつつ、結局はベッドから這い出して仕事へ行く支度をする。
仕事といってもコンビニのアルバイト。本当は仕事なんてしたくないけど、一人暮らしをしているからお金は稼がなければならない。
バイトだけどそれなりに真面目に働いて、面倒な人間関係も適当にやり過ごして、帰りの電車に揺られれば疲れがズシンとのしかかってきて居眠り。
そんな代わり映えしない同じ毎日を繰り返しているけど、私の心が唯一癒される時間がある。それはゲームをしている時。
友達に勧められて始めた龍が如くシリーズを夢中になってやっている。ストーリーも熱いし、なにより出てくるキャラがカッコいい。
みんな魅力があるけど、私の推しは真島吾朗。顔もいいし、仕事もできるし、表向きはクレイジーだけど真面目で優しくて、男らしい筋の通った考え方が好きだ。

「あ、何か飲み物買っていかなきゃ」

ゲームをする時は、必ずお菓子と飲み物を用意している。
たしかいつも飲んでいるお茶が切れてしまったはずだ。
あまり明るいとは言えない帰り道の途中、自販機を見つけてバッグの中を漁りながら近づいた。

「ひっ!」

財布を取り出して目線を戻すと、いつの間にか白髪のおじいさんが自販機の前にいて、飲み物をじっと眺めていた。
思わず声が出てしまい、気づいたおじいさんがゆっくりと振り向いた。

「驚かせてすまんね。この辺は暗いからわからんよなぁ」
「そ、そうですね……」

どこから出てきたのか。
とりあえず幽霊ではなさそうだと安心した私は、後ろでおじいさんが飲み物を買うのを待っていたがしばらく経っても買う様子が見られない。

「あの、買わないんですか?」
「今の飲み物は珍しいもんがたくさんあると思ってな」
「は、はぁ」
「小遣いが貰えんで、飲みたくても買えんのだよ」

ヒャッヒャッヒャッ、と目尻を思いきり下げておじいさんが笑う。

「先にどうぞ」
「じゃ、じゃあ」

お言葉に甘えて、と投入口にお金を入れて飲み物を選ぶ。が、じっとその様子をおじいさんに見られていて、じっくり選べるような雰囲気ではない。
無難なお茶のボタンを押し、ガラン、と音を立てて落ちてきたそれを取り出した。

「その茶は美味いのかね?」
「た、たぶん、普通に。飲んだことないんですか?」
「ないなぁ」

綺麗な色だなぁとか、味はどんな味なのかとか、匂いはどうなのかとか、次々と質問をしてくる。
面倒になった私はそのお茶をおじいさんに差し出した。

「どうぞ。私、飲んだことありますから」
「いいの?」
「もう一本買えばいいですから」
「それじゃ、遠慮なく。開けてくれるか?」

言われたとおりにペットボトルの蓋を開けて手渡すと、おじいさんはごくごくと勢いよくそれを飲み出して、テレビのCMのようにぷはぁと息を吐いた。

「こりゃ美味いなぁ。本当に美味い! ありがとうね」
「い、いえ」

おじいさんはそう言うと私に背を向けてどこかへ歩いて行く。

「……自分の買おう」

もう一度お金を入れて、今度こそ飲みたいものをじっくり選んでボタンを押した。

「お嬢さん」

背後からおじいさんの声がした。
振り向こうとしたが身体が動かない。
すぐ後ろにいる気配がする。

「願い事を言うといい」


────


「っ!」
「終点ですよ」

OLのお姉さんに肩を叩かれた。
辺りを見渡せばそこは乗り慣れた電車の車内。どうやら居眠りを通り越してぐっすり寝てしまったようだ。私が降りる駅が終点で良かった。

「すみません、ありがとうございます」

頭を下げて立ち上がると、膝からある程度重さのある何かが床に落ちた。
コロコロと転がっていくそれを慌てて拾い上げた。

「紅茶……」

電車に乗る前に紅茶なんて買ったっけ?
夢ではお茶を買っていたけど、と思ってハッとする。
あのおじいさんに手渡したお茶の色がこの紅茶と同じ色だったような……。

「ま、まさか」

きっとあまりに疲れていて買ったことすら覚えてないのだろう。
私は急いで電車を降りて駅を出た。





家に帰って来てからのルーチンを終え、やってきました癒しの時間。
ゲーム機のスイッチを押してコントローラーを握り締める。
今は極2の真島編を攻略中だが、ストーリーそっちのけで蒼天堀の街中を散策しながら、支配人時代に思い出があるであろう場所で自撮りをしている。

「ふふ、この驚いた顔可愛い♪ そういえば佐川はんに首絞められたトイレってどこだったっけ?」

本人は思い出したくもない場所だろうが、ファンとしては巡っておきたい。
たしかパソコンにセーブデータが残っていたはず、とわざわざパソコンを立ち上げ、龍0のセーブデータをロードした。

「そうそう、ここ!」

トイレイベントを見てからすぐにテレビ画面に戻り、例のトイレ前で自撮りした。
パソコンを見ると、真島さんが暇そうに煙草を吹かしている。

「はぁ、カッコいい」

その様子を見ながら買った記憶の無い紅茶の蓋を開け、ごくりと一口飲んだ。
真島さんが本当にいたらいいのにな。
毎日隣に真島さんがいたら、このつまらない毎日がどんなに楽しいことか。
付き合うならどっちがいいだろう。支配人の真島さん? それともパイソンジャケットの真島さん?

「うーん、どっちもカッコ、い、い……」

あれ、目が、閉じちゃう……。
急激な眠気が襲い、コントローラーを握ったまま意識を失ってしまった。


────


どれくらいそうしていたのか。
ぐらぐらと身体が激しく揺れて、私は意識を取り戻した。
最初は地震かと思ったが、それが人の手によって肩を揺さぶられていることに気づき、飛び上がるようにしてその手を払い後退りした。

「やっと起きたか……。おい、ここどこや?」
「ほんで、お前誰や?」
「…………え?」

間違いなくここは自分の部屋で目もちゃんと開いている。
でも、目の前にはよく知っている男が二人揃って私を見ている。

「何とぼけた顔しとんねん」
「たしかにおかしな状況なのは俺らもわかっとるんやけど……」
「ま、ま、真島吾朗?!」

思わず彼らの名前を叫んでしまった。
信じられないことに支配人とパイソン、二人の真島さんがいる。

「やっぱり俺らのこと知っとるんか」
「ほ、本物……?」
「確かめてみるか?」

尻もちをついている私のところへパイソンジャケットの真島さんがやってきてしゃがみこむ。
思い切って手を伸ばし、その頬をちょっとだけ抓ってみた。

「いでっ」

聞き慣れた声。人肌の感触と体温もある。髪や髭にそっと触れてみると間違いなくそれは存在しているもので、開かれたパイソンジャケットからはちゃんとあの刺青も見えている。

「なんか照れるのう」
「本物です、ね」
「そっちは確かめんでええんか?」

真島さんが顎でくいっと指した先には立ったまま微動だにしない支配人の真島さんがいる。

「支配人の真島さん……」
「俺が支配人やらされとるのも知っとるんか」
「はい」

歩み寄って同じように手を伸ばしてそっと頬に手を当てると、支配人の真島さんは恥ずかしそうに眼を横に逸らした。

「じれったいわ」

急にグッと腕を引かれて抱き締められた。
耳には彼の鼓動がしっかりと聞こえて、ふわりと香水と煙草の香りが舞った。

「あっ! お前何しとんねん!」
「このほうが手っ取り早いやろ。そもそもなんで未来の俺がおんねん!」
「と、とりあえず、その、ソファ、座ってください。一旦落ち着きましょ」
「お前が一番取り乱しとるやろが」

こ、これは逆トリップというやつでは……。
テレビを見ると画面が割れ、中央に大きな穴が空いている。
パソコンの画面もテレビと同じで、某ホラー映画のように二人ともここから這い出て来たの?

「路地裏に入ったら見慣れない穴が空いとったんや。面白そうやから入って四つん這いで歩いて来てみたらここに辿り着いたんやで」
「俺も同じや。んで、ここはどこやねん?」

どこから何を説明していいのやら……。お互いに信じられないことが起こっているのは間違いないわけで。
ここが私の部屋で今が2020年であることや、二人がゲームの中の人間で、この世界には存在していなことも。

「信じられへんけど、得体の知れないモンがぎょうさんあるからな……」

支配人の真島さんの時代は1988年だから、そもそもパソコンとかプリンタとか見たことがないからわからないのだろう。

「ほ〜う。それに俺らがゲームの中の人間っちゅうのもなんとなーく理解したで。これ、俺のフィギュアやろ? 写真も貼ってあるし」

パソコンを置いているデスクに飾ってある真島吾朗フィギュアとブロマイドを指さしながら、パイソンの真島さんがニヤニヤしている。
ブロマイドはいつものパイソンジャケットと支配人の真島さんの他に、ゴロ美やアイドル吾朗、真島巡査も貼ってあって、パイソンの真島さんは「懐かしいのう」と言っているが支配人の真島さんは怪訝そうな顔をしていた。

「そういや姉ちゃん、名前は?」
「浅川柊です」
「柊ちゃんか。柊ちゃんは俺のこと好きなんやなぁ。こないに俺を飾ってくれとるんやもんなぁ〜」

パイソンの真島さんが目を細めてヒヒッといつものように笑い声を上げた。
無邪気な笑顔を見せられて一気に顔が紅潮する。

「顔、真っ赤やで」
「だ、だって、しょうがないじゃないですか……。推しの真島さんがいきなり目の前に現れて、本当にここにいるんですから。しかも二人も!」
「せやなぁ。ま、柊ちゃんが目ぇ覚ますまで過去の俺とも話しとったんやけど、こうなった以上騒いだところでどうにもならんやろうから、元の世界に戻れる日が来るまで世話になるで」
「元の世界に、戻る?」
「そりゃそうやろ。俺はグランドの支配人しとるし、そっちは……なんでか真島建設っちゅう会社立ち上げとんのやろ?」
「せや。俺、社長やで! お互いにやらなあかんことがあるからな」
「どちらにしろ、ここのこともこの時代のこともようわからん。特に俺は1988年に生きとる男やから32年後の世界なんて想像できへん。せやから、これから頼むで、柊」

二人の真島さんに名前を呼ばれて昇天しそうになりながら、私は頷いた。
今日からこの1LDKで、私と真島さんたちとの三人暮らしが始まった。

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