ポニテとテクノと私 | ナノ


▼ 11:それぞれが存在した意味

そろそろやってくるでしょう。
そう思っているとすぐに来ました。客を二人引き連れて。

「どこやここ?!」
「おい、じいさん! どないなっとんのや!」

覚悟はしていましたが、想像以上に騒がしいですね……。

「今度は老人の男性ですか。いい加減その人間に化ける趣味、やめたらどうです?」

私の声を聞いた三人が一斉にこちらを見る。

「お、お前誰や?!」
「私は死神です」
「あぁ? おどれも人間のナリしとるやないか」
「人間によって私の見え方が違うようで」
「ほーぉ、死神っちゅうんはこないにペラペラ喋るんか」
「信じられないのも仕方ありません。私が死神である証拠に、ほら、あなた方の愛しい彼女がそちらに」

私が指差した方向には青白い顔でベッドに横たわっている彼女がいる。腕に巻かれたタグには『浅川柊』の文字。
機械に繋がれた彼女の姿を見て、ここが病院であることにようやく気づいたようです。

「柊ちゃん! 俺や、吾朗や。わかるか? 柊ちゃんっ!」
「じいさん、一体これはどういうことやねん!」
「……わしの、いや、私のせいなんです。私も、死神です」
「な、なんやて?!」

驚きのあまり言葉を失ってしまった彼ら。
ここはしっかり説明してあげて欲しいところですが、口を噤んでしまって真相を話せないでいるもう一人の神。
渋々私から話そうかと口を開きかけたところに二人の女性が彼女の許へ。

「誰か来たで」
「安心してください。私たちはこの世の者ではありませんから彼女たちには見えません」
「っ……! なんで、アイツらがここに」
「アイツら? お前、知り合いなんか?」
「バイト先のコンビニで働いとった大学生の姉ちゃんとオーナーの嫁のオバはんや」
「現実ではそのお二人、彼女の母親と姉です」
「嘘やろ?!」
「はぁ……。そろそろ事の成り行きを話されてはどうです? もう時間も無いことですし」

もう少し早く正体を明かして今から話すことを彼らに伝えていれば、こんな面倒事にはならなかったものを。
文句の一つでも言いたいところですが、ここは我慢して耳を傾けることにしましょう。

「私が少し早く姿を現してしまったんです」
「どういう意味や?」
「浅川さんは帰宅途中、自販機で紅茶を買おうとしていた」
「紅茶って、柊ちゃんが泣きながら言うてたやつのことか?」
「そうです。その時にはもう浅川さんの命灯は消えかけていました」
「ほんなら柊が見たじいさんっちゅうのは……」
「私です。カバンから財布を取り出し、顔を上げ、私の姿が見えてしまった浅川さんは驚いて道路の真ん中で足を止め──」
「車に撥ねられたんか」
「……はい」
「せやったら、柊が事故に遭うたのはお前のせいやないか!」
「…………」
「なぁ、お前死神なんやろ? ほんならお前が柊ちゃん連れて行かへんかったらええだけの話や。俺が代わりに地獄でもどこでも行ったる。せやからこの子、生かしてやってくれや!」

はぁ、情けない。
これが同じ神と名の付くものなのでしょうか。ろくに人間も納得させられないなんて。

「どうも誤解されているようですが、死神が人間を殺すわけではありません。私たちの役割は、人間がこの世から旅立つのをしっかり見届ける、ということです」
「せやけど現実に柊が死にそうになっとるのはこのじいさんのせいやで!」
「いえ、それは違います。彼女が事故に遭ったのは彼女自身の不注意です。そちらの神がそう思い込んでいるだけ。その思い込みが贖罪の念を生み、彼女の最後の願いを叶えてあげた、ということですね?」
「そう……、浅川さんの願いは、あなた方に会いたいというものでした」
「ほな、今まで見てきたもんも一緒に過ごした時間も全部擬いもんやったっちゅうんか!」
「残念ながらそうなります。彼女が生み出した世界にあなた方が呼ばれたんです」
「俺らを呼んだ理由はなんや? それにこの二人は柊の母親と姉なんやろ? コンビニでめっちゃ感じ悪かったで、コイツら」
「ふむ、ちょうどその謎が解けるお話をされているようですよ」

聞こえてきた母親と姉の会話。
それは彼女の通夜や葬儀の話、死亡後の役所の手続きについて、死亡保険がいくらおりてくるのか。
まだ彼女は生きているというのに。

「可哀想ですねぇ。人間は最期まで聴覚だけはしっかり機能しているのですが」
「聞こえとるんか? 今の話」
「おそらく。きっと彼女は此の手の話を何度も聞かされてきたんでしょうね。ですから、最期を迎えるというのに心から求めたのは家族ではなく、あなた方だった……というところでしょうか」
「父親はおらんのか?」
「そのようですね。ただ、彼女が生きていた時間のことは残念ながらわかりません。死神なもので」

ようやく私が死神だと納得してくれたようです。
それにしてもなぜ私が代わりに彼らを説得しなければならないのか? この私が!

「彼女はあなた方と気持ちを通わせ、愛を得られて満足しました」
「それで現実に戻ったんか……。そういや冷蔵庫にあったあの大量の紅茶はなんや? なんの意味があったんや?」
「彼女は喉が渇いて紅茶を買おうとしていました。しかし、その前に事故に遭いました。今も喉が渇いているのでしょうね」
「喉が渇いた言うてたのはそれやったんか。……飲ませてやりたかったな」
「高熱も寒気も怠さも、今の彼女の現状です」
「柊ちゃん……」

彼らは彼女の枕元に。
その姿はもうほぼ透明になっていて消えかけている。

「あなたもいい加減、その姿を解いたらどうです?」
「それは」
「まさか、そのじいさんもお前のせいで……」
「そうです……その通り! 私は、出来損ないの死神。だからいつもこの方が私の代わりに魂の旅立ちを見届けてくださっている」

ああ、違う。
その老人はあなたを崇めていた人間でしょうに。
何十回、何百回と同じやり取りをしているというのに忘れてしまうのはこの方の性質なのでしょうか。

「もうあなたにはうんざりです。今回はもう我慢ならない! 彼女の命灯が消える前に教えてあげます。が、その前にそこの──」

私は彼らを指差す。
同じ人物だと名前というものを呼べず不便ですね……。

「ポニテとテクノ」
「あぁ? なんやその呼び方」
「名前は知っています。真島吾朗という名なのでしょう? 同じ人間が二人同時に存在するということに出くわしたことがないもので。長い間人間に関わってきましたから、その変わった髪型にも呼称があることくらい知っています」

ポニーテールとテクノカット。
そもそも彼らも作られた人間、この世に生も命も無い。
皮を剥いだ下には同じ骨。しかし人間には其々が持つ思想や感情があり、彼らにはそれが存在する。
故にほんの一瞬だけでも彼らは彼女によって、この世に生を与えられた人間なのだと私は思うのです。
だから、お別れをして欲しい。

「直にあなた方も彼女と共に消えます。先程言ったように人間の聴覚は最期までわかります。声をかけてあげたらいかがですか?」
「もう、ホンマに柊ちゃんはあかんのか? 助からんのか?」
「私がここにいるということがその証です」
「そうか……」

彼らはそれぞれ彼女の右手と左手を握り、愛の言葉を伝えている。

「柊、俺ら、お前に呼んでもろて嬉しかったで。幸せやった」
「愛しとるで柊ちゃん。これはホンマの気持ちや」
「忘れない……。俺らは消えても柊のこと絶対忘れへんで」
「ああ。せやから安心せぇ。俺ら、ずぅーっと一緒や」

時間だ。

「おい、死神! どうか、この子が一人迷わんよう見届けたってくれ!」
「俺らはどうなっても構へん。柊ちゃんが心安らかに、旅立った先で幸せになれるようにしたってくれ!」
「私は死神。私の仕事はあくまでも彼女の魂が肉体から離れるのを確認すること。その先は、もう一人の神の仕事です」

彼らが驚いてそのもう一人を見る。

「私は、私は何もできない! 人間の死も見届けられないような死神なのに!」
「お前が死を見届けられないのは、お前が死神ではないからだ! お前は……救いの神だ」
「なっ、何を言って」
「お前は人間の魂を救う神。だから死を見届ける私とそれを救うお前がいつも鉢合わせるのだ」
「ほ、ほんなら……」
「ごきげんよう、救いの神。そして、ポニテとテクノ」
「死神、私は──」

老人の姿を解いた救いの神は、眩い光を放って消えた。
それに続いて彼らは彼女の唇に口付け、彼女の身体に溶け込むように本来の場所へと帰っていった。

「やはり、彼らの声が聞こえていましたか」

最期を迎えた彼女の閉じられた目から涙が一筋。

「浅川柊さん、ポニテとテクノが唇に魔法をかけていきました。あなたはすぐに目覚められるでしょうね」

私の仕事はここまで。
騒がしい二人でしたが、いつも死を見届けるだけの私が百数十年ぶりに楽しませてもらいました。
さて、どうするんでしょうね、もう一人の神は。

back / next


◆拍手する◆


[ ←back ]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -