ポニテとテクノと私 | ナノ


▼ 10:止まった時間は動き出す

身体が怠い。物凄く。
そして寒いのに熱い。
喉が渇いて仕方ない。

「まったく帰って来てみれば……。ええ歳こいて柊に無理させるからやろ」
「あァ? お前が先に柊ちゃんに手ぇ出したんやろが!」
「『何しとんのじゃ!』言うて殴りよったのはどこのどいつやねん!」
「俺が仕事しとる間にぬけぬけとエッチしとるからやろが!」
「俺を家から追い出した後に柊を抱いとるお前のほうがタチ悪いやろ!」

二人の言い争う声が聞こえる。
ゴロちゃん戻ってきたんだ。良かった。

「ゴロちゃん、真島さん」

寝起きの掠れた私の弱々しい声に、ベッドの縁に座っていた二人が勢いよく顔を覗き込んできた。

「柊、大丈夫か? このオッサンに無理させられたんやろ。可哀想に」
「よく言うわ。自分こそ久しぶり過ぎて柊ちゃんのことも考えんと激しくヤッたんやろが」
「大丈夫です。私、嬉しかった」

怠い身体を起こして二人の手をぎゅっと握ると嬉しそうな表情をしたが、すぐに顔が曇った。

「柊ちゃん……熱あるんやないか? かなり熱いで」
「一日中裸で過ごしとったから風邪引いてしもたんやな。すぐに着るもん持ってきたる。頭も冷やさなあかんな」

それから私は二人に至れり尽くせり。
ゴロちゃんには身体を蒸しタオルで拭いてもらい、パジャマを着せてもらった。真島さんはアイスノンと体温計を持ってきてくれて、私はそれを頭の下に敷き、脇に体温計を挟む。

「二人に看病してもらえるなんて、幸せです」
「お、ピピッと鳴ったで。見せてみ」

真島さんに体温計を渡す。それをゴロちゃんも覗き込んで二人同時に眉間に皺を寄せた。

「39.1℃って……ありすぎやろ」
「柊ちゃん、病院行かなあかんとちゃうか?」
「せやけどこんだけ熱あったら動くのも辛いやろ。今は休んで少しでも熱下げてからのほうがええんとちゃうか? 柊、解熱剤あるんやったら飲んだほうがええ」
「そんなら薬飲む前になんか胃に入れたほうがええな。おう、お前お粥作れるやろ。ゴロちゃん特製粥作ったれや」
「ええで。すぐ作ったる」

ゴロちゃんは急いでキッチンに。真島さんは横になっている私の頭を何度も撫でてくれる。
頭やお腹が痛かったり身体が辛い時、こうして真島さんに看病してもらってる妄想をしてたんだっけ。
それが現実にこうして真島さんが傍にいて、ゴロちゃんがお粥を作ってくれている。
こんな幸せなことは無いのにどうして私はこんなに不安なの?

「どないした?」
「病院……」
「病院? 病院がなんや?」
「病院……行きたくない」
「柊ちゃん病院嫌いなんか? せやけど熱下がらんかったら行かなあかんで。俺も一緒に付いてったるから安心せぇ」

何かを忘れている気がする。大切な何か。

「お、おい」
「あ? もうできたんか?」
「ちゃう。ちょおこっち来いや」

ゴロちゃんが真島さんの腕を引っ張りキッチンへ。
冷蔵庫を開ける音がした。何かを確認しているようだ。

「柊」

戻って来たゴロちゃんも真島さんも真顔で明らかに様子がおかしい。

「お前、あの紅茶いつ買うたんや?」
「……紅茶?」
「ああ。ペットボトルの紅茶や」

記憶を辿ってどうにか思い出す。
たしかゲームをしながら一口飲んだ紅茶があった。
そしてその後眠ってしまって気づいたら二人がこの家に。

「買ったのは真島さんたちが来た日です」
「その日から買うてないんか?」
「はい。飲み残しを入れたのかも──」
「ちゃうねん」

ぼそり、と真島さんが言った。

「冷蔵庫にその紅茶がびっしり詰まっとんねん。俺は買うてないし、コイツも買うてない。買うとしたら柊ちゃんしかおらんけど、あないな量、一人で持てる量ちゃうで」

紅茶、どこで買ったんだっけ?
そうだ、家に帰る途中にあった自販機で。
なかなか財布が見つからなくてカバンの中を漁ってたんだ。
財布を取り出して目線を自販機に戻したら……。

「おじいさんがいたんだ」
「なんやて? じいさん?」
「そう……、紅茶を買おうとしてたの、私」
「どうして泣いとるんや? 柊ちゃんどないしたんや?!」
「真島さん、ゴロちゃん……、私の手、握って」

力の入らない手を無理矢理動かして二人のほうへ。
心配そうに真島さんもゴロちゃんも言われた通りに私の手をぎゅっと強く握ってくれた。
温かい、二人の大きな手がちゃんとここにある。

「柊、じいさんってなんや? あの紅茶のこと知っとんのか? そもそも買おうとしてたってどういう意味やねん!」
「ごめんね」
「なんで謝るんや! おい、柊ちゃん、しっかりせぇ!」

私の目線が二人の背後に向けられていることに気づいた真島さんとゴロちゃんが一斉に後ろを振り返った。
あのおじいさんが立っていた。

「うわッ、誰やお前! 何勝手に人ん家に上がりこんどるんじゃ!」
「ボケとんのか? ここはじいさんの……ん? いや、お前、柊の言っとるじいさんとちゃうやろな?」
「真島さん、ゴロちゃん」

私の呼びかけに二人が私の顔を見た。
手はずっと握られたまま。
指や手のひらの感触、温度、ハイライトと香水の香り。
私は二人とキスをして、抱き締められて、愛し合った。
間違いなく真島吾朗は存在していた。そして、私も。

「もう、いいのか?」

おじいさんからの問いに私は静かに頷いた。
そして、伝える。

「二人とも、大好きよ」

思い出してしまった。

私、紅茶を買おうとして、
カバンの中を漁りながら道路に飛び出して、
車にはねられたんだ。
 
「吾朗さん、ありがとう。愛してる」

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