お題 | ナノ


▼ 手のひらに夕立ち

先程の青く澄んだ空は幻だったのかと思わせるほど真っ黒な雲が頭上に広がり、ぽつぽつと肌を濡らす大粒の雨はすぐさま突き刺すかのような勢いで激しく降り注ぎ始めた。番傘を差すも地面から跳ね返った泥水が容赦なく足元を濡らし、急いで近くにある神社の境内に逃げ込み軒下で雨宿りをする。

「降ってきよったなぁ」

先に雨宿りをしていた男に声を掛けられ、私はそうですね、と軽く会釈をした。隻眼に独特の髪型、浅葱色の羽織りに所々変色した血。すぐに人斬りだとわかり、来て早々ここから逃げ出したい気分だったが、男の傍に三人の子供たちがいた。

「あめ、すぐやむかなぁ」
「もうかえらないと、かあちゃんにしかられちゃう」
「おきたのにいちゃん、なんとかしてよぉ」
「なんとかせぇ言われてもなぁ」

男は困ったように頬を人差し指でぽりぽりと掻いた。
この人がまさか。私はじっと男の顔を見つめた。
京に入り、泊まった宿の女将さんから新選組について聞かされていた。浅葱色の羽織りを着た人斬り集団で、疑わしきは罰せずどころかすぐに叩き斬ってしまうと。ひとりひとりの名前はわからないが、一番隊隊長は美少年で沖田総司という名前だとか。
今、たしかに子供の一人が「おきたのにいちゃん」と言った。身形からして間違いなくこの人が新選組で、一番隊隊長の沖田総司であることは間違いない。けれど、聞いていた話とは随分違う。そもそも少年ではないし、美であるかどうかは……私は判断できない。それに人斬りであるはずなのに子供たちからかなり好かれているようだ。

「この子たちと遊んでいたのですか?」
「せや。ヒマな時鬼ごっこしたり隠れんぼしたり。な!」

思い切って話しかけてみると外見からは想像できないような言葉が出てきて、私はさらに混乱した。

「うん。きょうはかげふみしてたの。でも、きゅうにあめがふってきて……つまんない!」
「しゃーないやろ。お天道様の機嫌がワルなってしもたんや」
「えーっ」

拗ねて口先を尖らせる子供たちに思わず笑みが零れた。きっと本当に楽しかったのだろう。

「ねぇ、まだやまないの?」
「ワシに聞くなや。せやけどホンマにそろそろ帰らんと、お前らの母ちゃん心配してまうなぁ」

沖田と子供たちが同時に空を見上げた。未だ激しく降る雨が軒先から滝のように流れ落ちている。

「あの……、よろしければこれ、どうぞ」

私は沖田に番傘を差し出した。

「あんたが困るやろ」
「私は雨が止むまでここで待てばいいですから。子供たちが困っているようですし、どうぞ」
「ええんか?」
「はい」

沖田は「おおきに」と番傘を受け取り、それを一番歳が大きい子供に渡した。

「これ差してみんなで一緒に帰り」
「おきたのにいちゃんは?」
「ワシが傘ん中入ってしもたらお前らの誰かが濡れてまうやろが。お前らだけならみんな濡れずに済む。ほれ、早よ行け」
「うん。しんせつなおねえちゃん、ありがとう! それじゃ、おきたのにいちゃん、またね!」
「ああ、またな」

子供たちの住む家はここから近い所にあるらしい。私に頭を下げ、小さな手を振りながら、子供たちは大きな番傘の下に身を寄せて母親の許へと帰って行った。

「助かったわ」
「一緒に帰らなくて良かったのですか?」
「ワシはええねん」
「……お優しいのですね」

子供たちがいなくなり、賑やかだった空間がザーッと草木や地面を濡らす雨音だけになった。会話が無くなり何を話したらいいのか戸惑っていると「意外やったか?」と沖田のほうから声を掛けてきた。

「何がです?」
「ワシみたいのがガキの相手しとるの、おかしい思うたやろ」
「そんなことは……」
「あんた、こっちの人間ちゃうな」
「はい。京野菜を仕入れに先日こちらに参りました」
「そうか。なら、宿屋の人間から聞かされとるはずや。『新選組には気を付けろ』ってな」
「…………」
「ワシはその新選組、一番隊隊長の沖田総司や」

よろしゅう、と惜しみなく見せた笑顔は人斬りのものではなく、私は思わず目を逸らしてしまった。

「ワシが怖いか?」
「……少しだけ」
「そらそうやろなぁ。あんたが新選組のことをなんて聞いとるのかは知らんが、ワシらも闇雲に人を斬っとるんとちゃうで。基本は悪事を企んだり働いたりしたヤツらだけや。ただ、新選組も浪人の集まりやから、一部物騒な輩が居るのも事実なんや」

先程の笑顔とは正反対に、俄かに切なげな表情を見せた沖田になぜか熱いものが込み上げてしまった。

「お、沖田様はそのような方ではないと思います!」

必死にそんな物言いをしたせいで、沖田は驚いたのか目をまんまるにして私を見つめた。

「誰彼構わず斬ってしまうようなお人なら、あんなに子供たちから慕われるはずがありません」
「そ、そか……。それは、おおきに」

相変らず雨は降り続いており、さらに激しさを増して雷も鳴りだした。その轟音に小さく悲鳴を上げて身を竦めると、沖田がすぐ傍にやって来て私の肩を優しく抱いた。

「大丈夫か?」
「は、はい。雷が苦手で……」
「ここに居れば安心や。これだけ激しく降ればもうすぐ止むやろ。せやけど……」

沖田は右手を伸ばし、軒先から流れ落ちる雨水を手のひらで受け止めながら私を見た。

「もう少しこのまま降っててもらいたい気もするわ」
「なぜです?」
「あんたのこと、もっと知りたいねん」

ピカッ──。
雷鳴とともに閃光が走った。恐ろしいはずなのに、ドクドクと強く打ちつける心臓を落ち着かせるのに精一杯でそれどころではなかった。

「あかんか?」
「わ、私にも、沖田様のことを教えてくださいますか?」
「もちろんええで。ほんなら、まずはあんたの名前、教えてくれや」
「なまえと申します」
「なまえ、か。ええ名前やな」

雨宿りをした軒下にひとりの男とひとりの女。
手のひらに溜まった雨水が溢れるのも、二人の間に生まれた感情が溢れるのも時間の問題である。


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