浅葱の煌 | ナノ


▼ 05:ぬくもりの正体

今日は忙しかった。あれから打ち身や斬り傷を負った隊士が何人も来て、ある程度仕事を落ち着かせていたのにいつも以上にバタバタしていた。正直、放っておいても問題ない程度の怪我だったのだけれど……。
最近ここにくる隊士から個人的な質問をされることが多いような気がする。先日も四番隊隊長の松原さんがやってきて、私の出身地や賄方になった経緯なんかを聞かれた。
私は土方さんから「法渡を知るもの以外に無駄口を叩いてはならない」と言われている。新選組は浪人の集まり。何者が紛れているかわからないから、と。だからその約束を守り、雑談以外は慎重に話をするようにしているし、質問されても信用している人たち以外には答えない。

「はぁ、もう日が暮れちゃった」

勤務時間は優に超えてしまった。行灯に火をつけて暗くなった部屋を照らし、今日対応した隊士の状態や人数などを記録する。
明日はようやく非番、といっても万が一隊士が大怪我を負ったりすれば長屋からこの部屋に飛んでくることになるのだが。

「疲れた……」

朝当番と夜当番が続いて睡眠が取れていなかったところに今日の忙しさは身体に応えた。結局沖田さんに謝りに行くこともできず、今もこうして看護部屋で書き物をしている。
早く帰ってゆっくり休もう。すらすらと筆を滑らせていると見ている文字が次第に二重に見えてくる。ぎゅっと目を瞑ってみたり頭を振ってみたりするが、文字はぼやけてただの黒い塊に。行灯の柔らかな灯りが眠気を誘って目蓋がどんどん重たくなって──。

(あと少、し……)

持っていた筆が手から文机に落ちた。
それにも気づくことなく、私は座ったままの姿勢で眠ってしまった。





ふと気づくと目の前にお父様がいた。薬箱の中を必死に探している。

『お父様、どうされたのです?』
『ゆず、解熱するのに使う薬草はどれだったかな?』
『それでしたらサラシナショウマの根茎がいいと思います』
『ああ、そうだ』

よくわかったな、と言ってお父様が私の身体を抱き寄せ頭を撫でてくれた。

『偉いぞ、ゆず』

なぜか私は幼子になっていて、そして気づく。これは夢の中なのだと。
大きな手とぬくもりが温かくて、心地よくて。

「お父様……」

自分の声が自分の耳に届いて目を覚ました。部屋の中はすっかり暗くなり、行灯の橙色の光がより濃く輝いている。
どれほど眠ってしまったのだろう。しかし目覚めたというのに夢の中のぬくもりは不思議とまだ続いている。それに書き物をしていたはずなのに、いつの間にか壁に凭れて眠ってしまっていた。

「起きたんか?」
「え……えっ?! お、沖田さん!」

頭上から男性の声が降ってきて、驚いて顔を上げると沖田さんが私の顔を覗いていた。壁だと思っていたのは沖田さんの胸板だったのだ。

(一体、何が、どうなってるの?!)

急いで沖田さんから身体を離して必死に謝る。

「申し訳ありません、沖田さん! わ、私、いつの間にこんな失礼なことをっ」
「いや〜、部屋の前でゆずちゃんの名前呼んでも返事せえへんから襖開けたんや。そしたらゆずちゃんが大きく船漕ぎながら居眠りしとって、声掛けよう思ったら後ろに大きく身体揺らしたもんやから慌てて支えたら……この状況や」

一歩遅かったら後ろにひっくり返っていたと沖田さんはいつものように笑った。部屋には斎藤さんと藤堂さんとの件で、私が謝ったことを気にしていたらしく、様子を見に来てくれたとのことだった。

「本当に申し訳ありませんでした」
「気にせんでええ。そんなことよりゆずちゃん少し働き過ぎとちゃうか? ホンマはもう仕事終わっとる時間やろ」
「今日は隊士の方々がたくさんいらっしゃったのでいつも以上に忙しくなってしまって」
「そのことなら歳ちゃんに告げ口しといたで。ゆずちゃんに負担かけ過ぎや言うといたわ。……ほな、今日はもう早よ帰り」

沖田さんが立ち上がった。自分の仕事もあっただろうに、どれくらいの時間私の身体を支えてくれていたのだろう。眠っている私を起こすこともせず、私のためにそっとしてくれていたに違いない。

「沖田さん」
「ん? なんや?」
「ご迷惑をお掛けしました」
「まぁだ気にしとるんか。全然迷惑やあらへんで。それに……」

襖を開けようとしていた沖田さんの手が止まった。

「泣いとるゆずちゃんを一人になんかできひん」
「え? 私が泣いてた?」
「親父さんの夢、見とったやろ?」
「……はい」

一度は部屋を出て行こうとしていた沖田さんだったが、座ったままの私の許へやってきてしゃがみ込んだ。

「ゆずちゃん、いろいろ一人で抱えんとワシに言えや。悲しくなったり苦しくなったりしたら遠慮せんと言うてくれ。愚痴でもええ。なんでも聞いたるから」
「なんでもですか?」
「ああ、なんでもや」
「それじゃあ、聞いてくれますか?」
「もちろんや!」

しゃがんでいた沖田さんが私の目の前に胡坐をかいて座る。私が何を話すのかと神妙な面持ちで。しかしその表情はすぐに崩れる。

「お饅頭、餡が上品な甘さで美味しかったです」
「真面目な話やないんかいっ!」
「お饅頭を食べた感想、教えるって約束しましたから。それにちゃんとお礼を言いたかったんです」
「礼なんかいらんわ。当たり前のことしただけや」
「沖田さん、私、悲しいことや苦しいことだけじゃなくて、嬉しいことも話したいんです。だめですか?」
「い、いや、ダメやない」

沖田さんは私が屯所に来た時からずっと支えてくれている。
だから悲しいことばかりじゃなく、沖田さんが笑ってくれるような話もしたいし、何よりちゃんと感謝を伝えたい。

「良かった。……本当にありがとうございます」
「お、おう!」

照れくさそうに沖田さんは鼻の頭を掻いて立ち上がった。

「なぁ、ゆずちゃん、もう帰るやろ? 心配やからワシが家まで送ったる」
「でも」
「もう外は真っ暗や。いくらここから長屋が近いとはいえゆずちゃん一人で歩かせられんわ。 ええやろ?」

書き物がまだ途中だったが素直に頷くと嬉しそうに沖田さんは笑った。
もう少しその笑顔を見ていたい気もしたが、我慢して私は行灯の火を吹き消した。

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