浅葱の煌 | ナノ


▼ 04:三番の男

翌朝。いつものように屯所の炊事場で朝飯の準備をしていると朝飯当番の隊士たちが噂話をしている。

「今日だろ? 緊急の幹部会」
「ああ。三番隊に新しい隊長が就任するらしいで」

みやはもちろん、私もふみも聞き耳を立てながら白飯を飯茶碗に盛る。
どうやら昨日入隊した男が早くも三番隊の隊長となったらしい。

「どんな男やろ? すぐに隊長になるような男やさかい、余程剣の腕が立つ人なんやろなぁ。それとも沖田はんみたいな人斬り好きの狂人やろか?」
「みやさん、それ、普通に悪口ですよ」
「でも本当のことやんか」

二人のやりとりを聞きながら、ふと昨日の沖田さんとの会話を思い出す。

『久々に骨のありそうなヤツが来よったんや』
『斎藤一やて。聞いたことあるか?』

たぶんその男が三番隊隊長になったのだろう。
元々の三番隊隊長だった山南敬助は、例の法渡を破り脱走を図ったが、先日捕縛されたとの噂話を聞いた。新しい隊長が置かれるということは、彼が処刑されたのか、切腹したのか……。どちらにしてもこの世にはもういない。

「ゆず、どうかしたん?」
「ううん、何でもない」

とても親しくしていたわけじゃないけれど、慣れない生活の中で何度か労いの言葉を掛けてくれたことのある人だった。今回の新しい三番隊隊長就任の件で、心の奥に仕舞っていたものがじわりと現実味を帯びて感じられた。
法渡を破った者は本当に粛清されてしまうんだと……。





隊士たちが朝飯を食べ終え、私は看護部屋へと向かう。すると途中で背後から弾んだ男の声が私の名前を呼んだ。

「ゆずちゃんっ!」
「沖田さん?! こんなところで何してるんです?」
「何してるって、ゆずちゃんに会いに来たんやろが」
「あ、会いにって……、緊急の幹部会があるんじゃないですか?」
「よう知っとるのう」

沖田さんに早く行った方がいいと促したが、待たせておけばいいと悪戯っぽく笑っている。
幹部会があることをなぜ知っているのかと聞かれたので、新しい三番隊隊長の噂で持ち切りだと伝えた。

「また土方さんに怒られちゃいますよ!」
「またって失礼やなぁ。そんなしょっちゅう怒られてないで」
「そうですか?」
「まぁ、歳ちゃんの説教は長うて敵わんけどな。なんであんなネチネチしてんねん」
「それならネチネチされないように早く行った方がいいんじゃないですか?」
「はぁ〜、ゆずちゃんは真面目やなぁ。ほな、大事なもん渡しとくわ」
「大事な物?」

手を出すよう言われ両手を差し出すと、沖田さんが手に持っていた小さな包みを私の手の中にぽとりと落とした。

「柳陽屋の饅頭や」

柳陽屋とは知る人ぞ知る有名な饅頭屋。しっとりした饅頭の皮、ぎっしりと詰まった餡が人気でいつも行列ができている。早いうちに完売してしまうので幻の饅頭とまで言われている。

「ど、どうしてこれを?」
「昨日、薬草袋くれたやろ? 夜に早速湯に浮かべて入ったんやけど、菊の香りがめっちゃええ匂いで極楽湯やったわぁ! 身体もほぐれてラクになったし、ゆずちゃんのおかげやで! せやからこれはそのお礼や」
「沖田さん、わざわざ並んでこれを買ったんですか?」
「せや。ちょうど最後の一個だったんやで! 買えて良かったわ」

ただでさえ忙しくて疲れているのに、私のために沖田さんがこれを……。

「受け取ってくれや」
「お礼なんていいのに」
「あんなエエもん貰たんや。お礼せなワシの気持ちがおさまらん。せやから、ほれ」

沖田さんの手がギュッと私の手を覆うように饅頭を握らせた。そして昨日の別れ際と同じように私の耳へ唇を寄せるとそっと囁く。

「こないなことすんの、ゆずちゃんだけやで」

それって、どういうこと……?

「ほな、しゃあないから幹部会行ってくるで〜! ワシ食うたことあらへんから、後で美味かったか教えてや!」 

すっかり固まってしまった私に沖田さんは背を向けて、手を振りながら幹部会へと行ってしまった。

「こんなことって……」

饅頭を買ってきてくれたこと?
別れ際に私をからかうこと?
それとも、両方?

手の中にある饅頭が熱く感じる。
看護部屋着いてすぐ私は饅頭を食べた。とても甘くて、美味しかった。





「ねぇ、髪乱れてへん?」
「大丈夫」
「紅は? 色落ちしてへん?」
「落ちてませんが……そもそも賄方が紅を差してるのはどうかと」

正式に三番隊隊長として斎藤一が任命され、新選組の一員として迎え入れられた翌日。
八番隊隊長の藤堂平助が彼を連れて屯所内を案内すると噂を聞いたみやは、わざわざ長屋に戻って身支度を整えて来た。藤堂さんは賄方の中で人気の隊長なのだ。
朝飯中に二人がやってくることはなく、私は二人と別れて部屋で薬草の在庫を確認していたが、しばらくすると女たちの騒がしい声が聞こえてきた。
もしやと思い炊事場に行ってみると予想通り噂の男たちがそこを訪れていて、ちょうど藤堂さんがみやとふみを紹介しているところだった。

「こちらが賄方のみやさんとふみさん」
「ふみと申します。よろしくお願いいたします」
「みっ、みやですっ」
(みやちゃん、声小さい……)

みやは男好きなのに、いざ好みの男を目の前にすると気弱になる。藤堂さんはもちろん、斎藤さんも男前でかなり緊張しているらしく、朝の気合いはどこへ行ってしまったのかというくらいモジモジしていた。

「あ、ゆずさん! これから斎藤さんを看護部屋へ案内しようと思っていたところです」

藤堂さんが私に気づき、斎藤さんを連れてこちらにやってきた。
みやが恨めしそうな顔で私を見ているが、見ないようにして斎藤さんに挨拶をする。

「ゆずです」
「斎藤一だ。よろしく頼む」
「ゆずさん、炊事場に何か用でもあったんですか?」
「女たちの賑やかな声がしていたので、ひょっとしたらと思って」
「あ、やっぱり噂になってました? 仕事の邪魔しちゃってすいません」
「いえ。これから看護部屋に?」
「はい。お邪魔しても大丈夫ですか?」
「もちろんです。じゃあ、ご一緒に」

ご一緒にと言ったものの、こうして藤堂さん、斎藤さんと歩いているだけで女たちから目の敵にされそうだ。足早に歩いて部屋の前まで来ると、藤堂さんが一通り斎藤さんに説明してくれた。

「怪我をしたり体調が悪くなったら、ここでゆずさんに手当てしてもらいます」
「あんたは賄方じゃないのか?」
「賄方の仕事もしますし、それが終われば看護のほうを。看護といっても民間の治療で応急処置くらいしかできませんが」
「ゆずさんには本当に負担を掛けてるって土方さんがおっしゃってましたよ」
「余程あんたは頼りにされてるらしいな」

土方さんが私のことを気に掛けてくれていたとは意外だった。普段あまり話す機会もないし、無表情で感情を一切表に出さない人なので何を考えているのかわからない。だから、そう思ってくれていたことがなんだか嬉しい。斎藤さんに言われた言葉も素直に嬉しくて照れてしまった。

「大したこと、してないですから」
「それじゃあ斎藤さん、次は……あれ、沖田さん、いつからそこに?」

藤堂さんの声に驚いて後ろを振り向くと、いつの間にか沖田さんが腕を組んで立っていた。

「何やら楽しそうな声が聞こえてきてのう。さっきから女子たちの声が騒がしゅうて訓練の邪魔なんや」
「あ、すいません。でもたしかに女たちは少し騒ぎ過ぎですね」

明らかに不機嫌そうな沖田さんの顔。たまにこういう表情を見ることはあったがあくまでも遠くからで、間近で見ると少し怖い。

「色男はモテるのぉ、ハジメちゃん」
「…………」
「お前もキャーキャー言われとったな、平助」
「イヤだなぁ沖田さん、そんな言い方。ひょっとしてヤキモチ焼いてます?」
「ちゃうわ!」

そのムキになってる言い方……、図星なんだろうな。
藤堂さんの言うとおり、女たちはかなり舞い上がっていた。真面目に訓練をしている隊士たちにとっては相当迷惑だったことだろう。

「申し訳ありません、沖田さん。賄方がご迷惑をお掛けました。私から注意しておきますからお許しください」
「ゆずちゃんは謝らんでええ。騒いどるのは他の女子たちやからな」
「へぇ〜、意外だなぁ。沖田さんも優しいところあるんですね」
「うっさいわ! ……ハジメちゃん、ワシと勝負しとうなったらいつでも来いや。今度は手加減せんからなぁ」

沖田さんは捨て台詞を吐いて去って行ってしまった。それに続いて藤堂さんと斎藤さんも別の場所へと移動し、私一人がその場に残された。

(私は悪くないって言われたけど……)

怒った様子の沖田さんに後で謝りに行こうと部屋に戻り、手早く仕事を片付けた。

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