浅葱の煌 | ナノ


▼ 02:新選組の女たち

あれから一年。
組織拡大、補強の為に各地で隊士を募った新選組は今や千人を抱える大所帯となった。そしてその隊士たちの胃袋を満たし、負傷した者の手当てをするのが私の仕事。

「みやちゃん、行ける?」
「ちょ、ちょっと待ってぇ! ゆずもふみも早いんよ!」

時刻は寅ノ刻(午前四時)前。賄方の朝は早い。
今は壬生の屯所と社の間にいくつか軒を連ねている裏長屋で生活をしている。ここには賄方として奉公している女性たちが生活しており、私は二人の女性と同居している。
一人は “ふみ” という女性。普段は無口で物静かな性格をしているが、口を開けば発する言葉の切口が鋭くて少し毒舌。貸本屋に通い詰めるほど読書が好きで、将来の夢は作家だという。もう一人は “みや”。流行の化粧や着物、そして色男に目がない。とにかく喋り出したら止まらず、ふみとは真逆の性格だ。

「こりゃあ! まぁだ出ておらんかったんか! 早よ行って仕事せんかっ!」

この裏長屋に住む私たちを世話しているのがこの大屋のイワだ。胡麻塩頭で縞の入った煤色の着物を着ている。とにかく頑固で怖い。新選組の隊士でさえ怖がっていて、みんなから「イワ婆」と呼ばれている。
そのイワ婆に尻を叩かれるようにして長屋を出た私たちは、屯所に続く石階段を上る。

「いつか、こんなとこ絶対辞めたる!」
「みやさん、たぶんその台詞、十回目です」
「なんでふみはうちの言うこといちいち数えてんねん! ゆずも辞めたいって思うやろ?」

私は、辞められない。
それを言葉にすることなく、返事の代わりに苦笑いをした。

『隊を脱するは死罪』

あの夜の出来事を知る者が秘密を漏らさぬよう創られた法渡。
私も秘密を知る一人として、ここを出ようものなら殺されるか、切腹させられる。そもそも辞めるなんて気持ちは毛頭ない。身寄りの無い私を助けてもらった恩を返したいと思っている。

「ゆずさん、みやさん、ふみさん、おはようございます」
「おはようございます。早朝から大変やねぇ」
「これが俺らの仕事ですから」

さっきまでぼやいていたとは思えない女らしさで門番に挨拶をするみやに、口には出さないものの「朝からさすがだね」とふみと視線を交わしながら門をくぐる。急いで炊事場に向かうとすでに到着していた他の賄方と朝飯当番の隊士が揃っていた。
私たちにも勤務割があり、朝当番と夜当番がある。朝は白米を炊き上げなければならないのと、隊士のほとんどが屯所に居る為、さすがに全員の食事を賄方だけでは用意できない。そこで一番隊から十番隊の隊士一人ずつを朝飯当番として割り当ててもらっているのだ。

「あっ! 今日もまた!」

みやの眉間に皺が寄る。視線の先にはこちらに向かってぶんぶんと手を振る隊長の姿が。

「沖田はん、朝飯当番は平隊士の仕事やで!」
「別に誰が手伝うてもええやろ! 何度か新八ちゃんや源さんも来たはず……って、そないなことはどうでもええねん。ゆずちゃん、おはようさん♪」
「おはようございます、沖田さん」
「はぁ。沖田はんはゆずがお気に入りやもんねぇ!」

またいつものが始まったと呆れ顔のみやが米を研ぎ始める。
本来朝飯当番は平隊士の仕事なのだが、その働きぶりを確認するためなのか時々こうして隊長自らやって来ることがある。沖田さんは朝飯当番に来る回数が多いのと、血に染まった羽織を着ているせいで女性たちから煙たがられているのだ。

「お、今日は(はまぐり)の味噌汁なんか? 贅沢やなぁ〜!」
「昨日、活きのいい蛤を隊士さんからいただいたんです。昨日は夜当番でちょうど仕込みもできましたし」
「……何番隊の誰や? 勝手にゆずちゃんに近づきよって。しばいたる!」

まぁまぁと沖田さんを落ち着かせ、砂を吐かせた蛤を洗ってもらうようお願いした。
父が斬られた日、面倒事にならないよう私を休ませている間、看病をしてくれた三人が同心に報告して事を収めてくれていた。翌日、私に身内がおらず父の姿が人に見せられるような状態ではなかったため、すぐに土の中に眠らせた。気の毒に思ったのか三人が一緒にそれを見届けてくれた。
その後、大事な物は手元に置いておくように言われて家の中に入ってはみたものの、壁や天井に生々しく血飛沫が飛び散り、畳はじっとり父の血で濡れていて、あまりの生臭さに吐き気をもよおしてしまい、そんな私を沖田さんが介抱してくれた。ほとんどが血で汚れていて何も持っていく気にはなれず、少しばかりのお金と父が愛用していた薬箱だけを持ち、それ以外はすべて処分した。
そんな私の姿を見ているから、沖田さんは私のことを気遣ってくれているのだと思う。

「蛤、洗い終わったで」
「え、あ、ありがとうございます。早いですね!」
「また……あの時のこと考えとったんか?」
「……少しだけ」
「苦しくなったらいつでも頼ってくれてええんやで」

はい、と笑顔で返事をして汚れの取れた蛤を沖田さんに大鍋へ入れてもらった。早速火に掛けていつものようにアクをとり、汁がきれいになったところで味噌を入れようと味噌壺に手を伸ばしたが肝心のそれが見当たらない。

「あれ? 無い」
「どないしたんや?」
「味噌壺が見当たらなくて」

しばらく二人で探していると、いつもなら手の届く場所に置いてある味噌壺がなぜか上段の棚に置いてあった。

「どうしてこんなところに」
「届かんやろ? 取ったるわ」

私の身体を覆うように背後から沖田さんが手を伸ばし、味噌壺を取ってくれた。あまりの距離の近さに羽織に染み付いた血の匂いがするかと思っていたが、したのは沖田さんの肌から香る風呂上がりのような匂いだった。

「ほれ。ここに置いてええんか?」
「は、はいっ」
「ん? なんやゆずちゃん、顔赤くなっとらんか?」
「……あ、暑いからです、きっと」
「そうなんか?」
「そうです」
「ワシに引っ付かれて照れたんとちゃうか?」
「べ、別に照れてなんかっ」
「イヒヒッ! そないにヤケになってもうて、ゆずちゃんは可愛えのう〜」

そんな私たちのやり取りを冷静に分析しながら、ふみが糠に漬けていたきゅうりを切っている。
今朝の蛤の味噌汁はしょっぱいかもしれない。

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