浅葱の煌 | ナノ


▼ 19:銀杏の木の下で

「はぁ〜。もうすぐ屯所やなぁ」
「今日も頑張りましょうね」
「あぁ。ほな、ゆずちゃん」
「はい。……ん」

沖田さんの休憩所から一緒に屯所へ。
五郎さんと呼べるのはあくまでも家の中だけ。少し寂しいけれど、家に帰って『沖田さん』から『五郎さん』になる瞬間がとても嬉しい。
屯所が見えてくると沖田さんと私は軽く唇を触れ合わせ、門をくぐる直前に繋いだ手を離す。
そんな一日の始まりを何度か繰り返していたある朝、門のところに土方さんが立っていた。

「お、歳ちゃん。ワシらの出迎えか?」
「沖田さんっ」

私たちの素行を叱られるのでは、と思って身構えたがそうではなかった。

「……付いて来てくれ」

いつもの淡々とした土方さんの声。なのに何か嫌な予感がしてそっと沖田さんの羽織りの裾を掴んだ。

言われたとおり土方さんに付いて行くと源さんがいた。
隊士たちに踏み固められた地面に横たわり、蓆を被せられた姿で。

「源、さん」
「ハッ、歳ちゃん、なんの冗談や」
「新八と平助もすぐに来る」
「何言うとんねん。源さんも歳ちゃんに何付き合うとんのや」
「総司……、源さんは死ん──」
「そないなことあるわけないやろっ!!! 源さん、いつまで寝とんのや?! 起きろ、起きろやっ!!!」

沖田さんが源さんに駆け寄り肩を揺するが、源さんは目を閉じたまま動かない。

「ゆずちゃん、源さん診たってくれ。ゆずちゃんならええ薬持っとるやろ? せや、身体冷えとるから薬湯入れたってくれや。ほんなら源さんも元気になるはずや。なぁ、ゆずちゃん……、ゆず……、頼むから、泣かんでくれっ」

立ち尽くして嗚咽を漏らす私の身体を沖田さんが乱暴に抱き寄せた。
沖田さんの表情は見えないが、触れている身体は怒りと悲しみで震えている。私は泣きながら沖田さんの背中に手を回して強く抱き締めた。

「一体これは……どないなってんねや!」
「源さん……」

すぐさま永倉さんと藤堂さんがやってきて、全員無言のまま源さんの亡骸を見ていた。
発見時、源さんは川にうつぶせの状態で浮かんでいたそうだ。
ピストルで胸を撃たれた上に刀でとどめを……。

私に過去の話を打ち明けてくれたのも、沖田さんとのことを許してくれたのも、いつか自分がこうなるってわかってたから?
源さん、そんなのずるいよ。
もっと私たちのことを見守って叱って欲しかった。

「土方はん、京の街はどないな様子や?」
「大層な騒ぎになっている」
「そうか……。ほな、街の様子確認してくるわ」
「ああ、頼む」

口数少なく永倉さんは源さんに背を向け、その場を後にした。
永倉さんと入れ替わるように原田さん、続いて斎藤さんがやってきて源さんを見る。

「だからさっさと隠居させろっつったんだ。弱い隊長を持った隊員たちは可哀想なもんだよな」

原田さんは次から次へと自分勝手なことを言った。
亡くなった源さんを目の前にして酷い言いぐさ。その矛先は源さんから土方さんへと向けられ、原田さんの不平不満が爆発した。

「今や勤王派の志士たちに俺らは幕府の捨て駒扱いされてる。このオッサンの死を利用して、新選組の落ちた名を最強のモンにする時だろ。副長、今すぐ俺を京の街に行かせて──」

スッと沖田さんの身体が離れた。
そしていつの間にか鞘から刀が抜かれ、刃先が原田さんに向いている。

「オモロそうな話やな、左之助」
「っ?!」
「せやけどそれ、一番隊がやらせてもらうわ」

沖田さんから発せられた妙に冷静な低い声は怒りに満ち溢れていて、土方さんが声を掛けてもその声色が変わることはない。

「ゆずちゃん、ワシの家で休んどってくれ」
「沖田さん……」
「一番隊! ……行くで」

真っ直ぐ前を向いたまま、沖田さんは隊士たちを連れて屯所を出て行き、その態度に原田さんも怒りを露にしてどこかに行ってしまった。

「はぁ。さすがのゆずさんも、あんな感じになっちゃった沖田さんは止められないですよね」
「初めて……見ましたから」
「そうですよね。ゆずさんの前ではいつもデレデレだったもんなぁ」

土方さんからの命令により、藤堂さんは原田さんを、斎藤さんは沖田さんを追うこととなった。

「ゆず、沖田のことは心配するな。必ずお前の許に帰す」
「お願いします」

藤堂さんも斎藤さんもいなくなり、残されたのは土方さんと私、そして源さん。

「それじゃあ、いいか? ゆず」
「はい」

新選組は毎日が死と隣り合わせ。
死人が出たら、埋葬する役割を与えられた隊士に一任される。
本来なら六番隊の隊士たちが見送るはずだったのだが。

「総司と新八が立ち会えない代わり、我々が見送ろう」

私は近くに咲いていた花を摘んで供えることくらいしかできなかったが、悲嘆の念を殺して犯人を追っているであろう沖田さんと永倉さんの分まで祈りを捧げた。

源さん。
私にとってあなたは命の恩人であり、第二の父上でした。

美しく黄色に色付いた銀杏の葉が降り注ぐ木の下、源さんは眠りについた。

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